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ちゅーたのアラスカ日記
2025年の夏、山旅インスタグラマーのちゅーたさんがアラスカ・デナリ国立公園でバックカントリーキャンプ(以下、BCC)をしてきました。BCCとは、人が日常的に踏み入らない未整備の土地で食事や寝具をすべて持ってキャンプをすること。今回は旅仲間にパーゴワークスのスタッフ・ショホコもジョインし、女子2人のアラスカ旅になりました。渡渉、藪漕ぎ、グリズリーとの遭遇……予想外だらけの4日間をちゅーたさんのレポートでお届けします!
<メンバー>

(左)ちゅーた:山をこよなく愛するハイカー。Instagramなどで山旅の魅力を発信し続けている。国内外問わず、さまざまなトレイルを歩いている。ハイクだけでなく、バックカントリースキーや雪洞泊も楽しむ。
(右)ショホコ(文中:しょぽたん):パーゴのPR担当。NPOの広報を経て2025年2月にパーゴへ入社。1年を通してテントを背負って山を歩き、定期的に海外バックパック旅に出ている。
憧れのアラスカへ。
今回の舞台となったアメリカ・アラスカ州
アンカレッジからアラスカ鉄道で7時間かけてデナリ国立公園へ。面積は日本の四国より大きい24,585 km²の広大な大地だ。
ベーグルとオレンジを頬張りアラスカ・アンカレッジのホテルを出ると、朝の街に汽車の汽笛が響いていた。わくわくしながら音のする方向へ早足で向かう私たち。音の主は「アラスカ鉄道」。この鉄道に乗ることもアラスカ旅でやりたかったことのひとつだった。
わたしは旅した国や地域の生活や文化を体験することが好きだ。食文化や交通、インフラには少し不自由なこともあるけれど、ローカルのバスや電車を巧みに駆使することで現地の人の暮らしを知ることができる。今回乗車したアラスカ鉄道はスワードからアンカレッジを経由してフェアバンクスまでを繋ぎ、人々や貨物を運ぶことで、アラスカを100年以上にもわたり発展させてきた歴史ある鉄道だ。

アラスカ鉄道は2階建てで、食堂もついている
貨物列車にバックパックを預けて、鉄道に乗り込む。ゆっくりと列車は動き出し、アンカレッジの田舎町から、徐々に針葉樹の森の中へと車窓からの景色が流れていった。あいにくの雨模様に空の色はなんだか鈍くて、窓を流れる水滴が余計にものさみしい。果てしなく続く枯れ色の湿原のど真ん中をたった1本の鉄道が走っているなんて……。

電車で7時間、ようやくデナリ国立公園駅に到着
バックカントリーキャンプの始まり……?
アンカレッジを出発して約7.5時間。デナリ国立公園の入り口、パーミットセンターに到着した。デナリ国立公園でのバックカントリーキャンプを始める前に、やることがたくさんある。
出発前にやることリスト
①約60分弱の講習とパーミットの取得
⇨パーミットセンターでバックカントリーキャンプの基礎を学ぶ講習を受講。藪漕ぎや渡渉の仕方、グリズリーや動物に出会った時の対処法などについても学ぶことができる。受講を完了すると通行許可(パーミット)が発行される。
②ユニットを決める
⇨国立公園内は約70個のユニットと呼ばれる区画に分けられている。各ユニットには1日に入れる人数に制限がある。
③パークバスの予約
⇨国立公園内を運行しているパークバスを利用して、キャンプをするユニットのトレイルヘッドに向かう。要予約。
アラスカの旅で最も特徴的だったことのひとつは、「踏み跡の一切ない自然そのままの大地を歩く」こと。少しの不安と罪悪感がありなんだか不思議な感覚だ。日本やその他の国でも、「トレイル」になっているところしか歩いたことがないし、日本ではトレイルから外れるなと言われている。もちろん植物も踏まないように気をつける。
バリエーションルートだとしても、先人たちの足跡が薄く残っていたりと、どこか人の名残がある。ここにはそれが一切ない。今までの当たり前が当たり前じゃない、はじめての感覚。「山の動物になりたい」というわたしの変わった憧れが、そのまんま目の前にある。
そんな場所だからこそ、大自然と人とが共生するためのルールは厳重だ。
国立公園でのルール
・テント、食事場所、食料保管場所をそれぞれ約100m以上の距離を取る。
・食事場所、食料保管場所は風下にする。
・食料保管にはベア缶を使い、テント内には絶対に匂いのするものを持ち込まない。(日焼け止めやリップクリーム、歯ブラシなどもNG。)
・食料保管場所にガス缶やクッカーを置いておく。
・食料の食べかすなど絶対に残さない。
・排泄は15cmほど穴を掘り埋める。 ・グリズリーに会わないために、行動中は常に声を出す。
グリズリー側からしても、人は脅威対象。あちらが人の気配を感じてくれていれば無闇に近寄ってくることはない。これらのルールは野生動物とハイカーが適切な距離感を保つことでお互いの安全と暮らしを守るためにある。
講習を終えたところで、パーミット取得となる。その次はユニット決め。 ひとつひとつのユニットが途方もなく広く、自然環境も違う。私たちが選んだのは1日目にユニット8、2.3日目にユニット31の2つ。ユニット8はバス停から比較的近く氷河や河があるので、アラスカらしい景色を期待して選んだ。ユニット31は山が連なっているエリア。山好きとしては絶対に冒険してみたかった。
デナリ国立公園の全体マップ
BCCの舞台となったユニット8、31(赤文字)
ここまで決めたらようやく地図を受け取ることができる。しかしその地図には崖のマークなどはなく、等高線と川、川沿いにある点々(中洲みたいな)が数少ない手がかりだ。レンジャーに「テント張るのにいい場所あるかな?」って聞いても、「さぁ?その時々だし行ってみないとわからない」って。笑 そりゃそうだよね、太古のままの大自然アラスカ、国立公園といえども状況なんて自然に任せてる。
DAY1:想像を軽々超えてきたアラスカの洗礼
パーミットセンター近くのキャンプ場で少しの肌寒さを感じながら、目を覚ました。テントを叩く雨の音が聞こえて、「やっぱり…雨かぁ…」と意気消沈する私の横には、もこもこシュラフに包まった芋虫しょぽたん。気持ちよさそうにぬくぬくと寝ている彼女を見ていたら、ちょっと感じたこれからへの不安がスッと消えていった。
11:00発のキャンパーバスには、私たちと昨日の講習で一緒だったアメリカ人5人組だけで、合計7人が乗車した。これからバックカントリーキャンプに挑戦する同志だと思うと、勝手に仲間意識を感じてしまう。

一緒に出発したアメリカ人グループと。高校時代の同級生なのだそう。
道中、目に飛び込んでくるのは本やテレビで見てきた記憶と同じ景色。胸がどきどきして、なぜかわからないけど涙がじわっと滲む。本当にアラスカに来てるんだな…これからこの景色の中に飛び込んで、動物のように旅するんだ。バスが停車して、ついに旅のスタート地点に下り立った。今いるパークロードから今回の目的地・ユニット8であろう景色を、地図と照らし合わせながら眺める。ユニットの最奥までは60km以上もあるらしい。スケールの大きさに圧倒され、見渡す限りの大地を前に立ち尽くした。小川があって、テントが張れるような平地……。そんな都合の良い場所が、この景色の中にあるのか……。なんせ道はない。果たしてたどり着けるのか……。考えれば考えるほど不安になるけれど、行ってみるしかない。目的地もあやふやなまま歩き出した。

バスを降りた出発地点でパチリ。ワクワクと不安で少し緊張気味。
パークロードから河原に下りて、まずは川沿いを進んで行ってみる。浅く細い流れを飛び越えたり迂回をしたりしながら、順調に歩いていく。徐々に川の流れの勢いが増し、渡渉場所を探すのが難しくなってきた。ストックで深さを探ってみると、膝上ほどまでありそうだ。茶色く濁って水飛沫をあげているのでなかなか怖い。更には風が強く冷たくなり、雨はシャワーのようにぶつかってきて不安を煽る……。ここなら、という場所に意を決して飛び込むと、水流の強さに耐えられずに体がぐらついた。

広くて速い河を渡渉して進んだ
思わず元に戻り、どうしよう……と思っていると、向こう側からふたり組の女性が歩いてきた。どうするのかと眺めていると、そのまま躊躇することなくざぶっと川の中へ入っていくではないか! 腰を落とし上流方向を向いて、ストックをしっかり持ち体を支え、カニ歩きでゆっくりと渡っている。濁流は膝上なのに……。なんという安定感……!!「うわぁー深いー!」って言いながら力強く渡り、ずぶ濡れなのに楽しそうな彼女たちの笑顔にパワーをもらう。

渡渉にストックはマスト!今回は2本持参して正解だった。
しょぽたんと腕を組み、上流を向いてスクラムを組み水の中へ。あまりの水圧に身体がよろける……。でも、絶対に絶対に倒れられない。お互いの腕と手を力いっぱい掴みあって、ゆっくりゆっくり慎重に。ほんの短い渡渉なのに、緊張して心拍数が上がる。無事に渡れた時は本当にホッとした。
雨の中、ウイスキーで乾杯
ここから更に川の流れが激しくなり渡渉に苦戦しそうだったので、広大な藪(ブッシュ)を歩いていくことにした。川沿いを外れると、あたりはブッシュに囲まれてしまう。歩く速度がかなり落ちるし、視界も悪い。こんな状況ではグリズリーの接近に気づくのが遅れてしまう……。分け入った先で鉢合わせなんて状況は想像したくもなかった。

果てしなく広がるブッシュに突然メスのヘラジカが現れて感動
さらに永久凍土の大地は苔や植物が積み重なってできているので、足元はどこもフカフカ。水を吸ってスポンジ状になっている地面は、一歩進めば15cmほど沈み込み、捕まった足がじゅわーっと濡れてゆく。足元も悪いし藪も漕ぐし。歩きやすい場所なんてひとつもなかった。

藪は濡れていて、ズボンはすぐビショビショに(涙)
歩き続けるとスタート地点から見えていた山の景色にだいぶ近づいてきた。地図を確認すると、このあたりが私たちが目的地に設定していた場所だろう。近くに川があり、テントを張るのに十分なスペースがあった。

今回のおうちはNINJA TENT。濡れた服と靴はすべて前室に出せて便利。
スタートから6時間、弱まるどころか勢いを増している雨風に晒され続けた。レインウェアの意味がないくらい全身びっしょびしょ。バックカントリーキャンプ1日目からアラスカの洗礼を受けすぎていて、おかしくなってきてふたりして笑った。ひといきつく暇もなく、テントを設営して、ようやくディナータイム。国立公園のルールに従って、食事はテントから離れた場所で取らなければならない。

ベア缶は日本から持参した7.2Lに加えて現地でも調達。無料で借りることができた。
「このままテントでごはんが食べられたら最高なのに……」とボヤきながら、クッカーとベア缶を抱えて、120歩数えて歩いてゆく。雨に打たれたれながら準備をして、雨風にさらされながら背後にグリズリーがいないかを確認するためにお互い背中をくっつけて食事をとる。
アメリカンなトレイルフード、初日はチーズリゾット。
キャプション:傘を差しながらディナータイム。寒い……
1日目からとんだハードモードだった。アラスカの果てしないブッシュの中でポツンと、嬉しそうに食事をする自分たちの姿がシュールすぎる。しょぽたんが持ってきてくれたウイスキーで乾杯して、ちびりちびりと呑んだ。アラスカの自然の中でスキットルでウイスキーを呑むのが憧れだったしょぽたん。ハードボイルドなロマンがあって素敵だ。しかしスキットルは忘れてきたらしい。こんなに美味しいウイスキーはないなと思うほどからだのすみずみまで染みわたって、本当に幸せで充実した時間が過ぎていく。
DAY2:恐れていた出会い
早朝に起きて、6:00頃に探索に出かけた。ユニット8の最奥までは到底辿り着けないが、氷河のある山の方向に向かって歩いてみることにした。相変わらずの雨だけど、前日より風がおさまっていた。昨日と比べてブッシュも少し薄くなり、足元に花がたくさん咲いていた。一面ガスで霞んで彩度が低い景色の中で、足元に様々な彩りを感じて楽しい。

湿原には鮮やかな花々が足元を彩っていた。
しばらく歩いていたら、「あ……、いる…いるいる……」と、後ろのしょぽたんが急に立ち止まった。瞬間、ヒュッと血の気が引いて心臓が激しくなる。300mほど先のところに3頭のグリズリーがいるようだ。「ハーーーイ!!ハーイベアーっ!!いるよーーーっ!!」最大限に大きな声をだして、ストックを大きく振り、ゆっくりゆっくり後ずさっていく。焦りで足元がおぼつかず転げそうだ。
目の悪いわたしにはグリズリーがなかなか確認できず、しょぽたんが彼らの動向を見てくれた。わたしたちの存在には気付いていて、接近しないことを確認したからか、何事もなかったように食事を続けている様子。それを聞いても心臓が飛び出そうなほどバクバクとしていて、かなり距離が取れるまで本当に怖かった。もちろん、最奥方向への探索はここまでにして、大至急テントに戻った。

右手に見える山の稜線に、グリズリーの親子がいた。
テントを撤収して、パッキングを済ませたら、次の目的地・ユニット31に向かう。ユニット8と31はパークロードを隔てて隣り合っているので、まずはパークロードに戻る。しばらく歩いていると、少し先に大きな枝?倒木?のようなものが転がっているのが見えた。
「あ!もしかしてヘラジカの角……?!」思わず駆け寄ると、やっぱりそれは立派なヘラジカの落とし物だった。アラスカで会いたかった憧れの動物、ヘラジカ。大きさは3メートル、700kgを超える世界最大のシカだ。嬉しくって両手で力いっぱい持ち上げてみるけど、とんでもなく重くて肩の高さくらいまでしか上がらない……!!

ヘラジカの角、本当は持って帰りたかった!
ユニット8からユニット31へ
藪漕ぎを続けていたら、突然ポンッとアスファルトの道に飛び出した。
「…あっ!わっ!かたーーーい!?」
永遠に続くかと思われた永久凍土の大地、足元が安定することなんて1度もなかった24時間。アスファルトの硬さを感じて身体が戸惑うなんて思いもしなかった。ようやく脱出できたエンドレスブッシュのユニット8は、私たちにアラスカの洗礼をばっちり受けさせてくれたのでした。さすがアラスカ、ビギナーにだって優しくしません(笑)。

ナビゲーションに使った紙地図は、なんと50年前に作成されたもの!
見通しの良いピークにたどり着くと、 視界いっぱいに果てしなく山と森が広がっているのが見えた。次はここを冒険できるのかとわくわく嬉しくなる。さらに標高を上げ、いくつかの谷をトラバースした先で山の肩になっている場所に辿り着いた。このまま尾根をたどればすぐそこの大きな山のピークに上がることができそうだった。振り向けばパークロードの1本道らしき筋が小さく見える。昨日までいたユニット8の果てしないブッシュが広がっているのも見渡せた。

写真の左側がユニット8。俯瞰してみると、改めて広大だと実感する。
見晴らしが良く気持ちの良いここでテントを張ろうかとも思ったけど、しょぽたんと相談して今日はもう少し先に進み、明日の夕方に戻ってくることにした。今日はさらに沢沿いを奥に進んでいく。ユニット8のブッシュと打って変わって、今日は歩きやすい川砂利の道。細い木々が茂る場所や、ガラガラザラザラとしたゴルジュに挟まれたりなど、植物や地質などの変化が楽しかった。目標にしていた沢は茶色く濁っていたので、「ミルクティーリバー」と名付けた。ミルクティーリバーはうねうねと蛇行し、時には幅広く深く流れの強い場所もあった。数え切れないほどの渡渉を繰り返す。

霧雨のなか、渡渉と藪漕ぎをひたすら続けた。
時折、中洲のようになった平地が出てきて「今日はここにする……?」「いや地図だともっと先にも広いところがありそうだよね……。もう少し……」と言いながら、なかなか決めきれずに進み続ける私たち。テント場を決めた時には、とっくに18時をまわっていた。
今日も小雨が降るなか外でディナータイム。メニューは茹で人参と鹿ジャーキー、そしてアンカレッジで調達したトレイルフード。これは1袋で2人前というもので、今回はトマトリゾット。思ったより量が少なくて、「私たちでさえ足りないんだから、海外Youたちにはこんなのおやつじゃん!」と、ぼやきながらしょぽたんと仲良く順番に食べた。

これだけだと足りなくて、日本から持参したアルファ米も食べた。
DAY3:山の稜線、動物の足跡、大河。アラスカの大自然をめいっぱい吸い込む
朝、気温は約5度。朝ごはんを食べながら今日の予定を確認する。テントをデポジットしてイーストフォークリバーの大河に合流するまで歩き、そこから更にできるだけ奥へ。昼過ぎにはテントに戻り、 そこから4時間ほどかけて昨日の道中で見つけた幕営適地へ向かうプランだ。

靴と靴下は濡れているから裸足で朝食を食べる。アルファ米が温かい……
簡単に日帰りに必要な荷物をまとめて、「それでは!いきまぁぁまーーーーす!」とグリズリー対策で大声を上げて出発する。今朝は天気が少し回復していて、周りの山々がはっきり見える。晴れが期待できそうな空に気分は上がりっぱなしだ。
イーストフォークリバーの合流が近付いてきたところで太陽が顔を出し、一気に光が差し込んだ。山々の稜線にはポツリポツリと背の高い針葉樹が生え、そのシルエットがとても美しい。待ちに待った晴れ間だ。陽光のあたたかさを全身で感じて「わーっ!最高だ!太陽ありがとーーーー!」って叫ぶ。左手には虹が綺麗にかかっているのも見えて、この幻想的な風景に感動した。昨日までの悪天候を耐えに耐えたごほうびが一気に押し寄せたようだった。視界も感情も忙しすぎる。

久しぶりの太陽がとっても気持ち良い!
目印にしていた小川がイーストフォークリバーに合流すると、思った以上に河幅が広く驚いた。下流に向けていくつかの流れに別れながら広がり、水の流れる音が大きく響いている。石はコロコロと丸くかわいらしい。流れの先には山々が見え、その手前には針葉樹の森の塊が見えた。きっとあれがデナリウィルダネスだ!と心を弾ませ向かっていった。川砂には動物たちの足跡がたくさんあった。ムースかな?カリブーかな?ここにいる動物たちの気配を感じられて嬉しくなる。手のひらサイズの大きな犬の足跡のようなものがあり、きっとわたしはウルフ(狼)だと信じている。
河が気持ちよくって、1時間くらい2人で遊んだ。
川辺で見つけたあしあと。狼だと信じている。
河原を離れて、登れそうなところから森に戻って先を目指すことにした。そこではまた植生が変わり、針葉樹の深い森になっていた。スーッと爽やかな針葉樹独特のにおいがなんだか日本の山を思い出して懐かしかった。密集している木々を縫うように歩き、時にはじゅべじゅべのブッシュを漕ぎ、もうすぐきっとデナリウィルダネスの深い森にたどり着く直前で、また流れの強い川に阻まれてしまった。なんとか渡れないかと目指す森を横目に河原を遡ったが、到底渡れそうな気配はなく、私たちの朝の散歩はここまでとなった。
先に見えるのがデナリウィルダネス。目の前の濁流に阻まれた。
今日も朝から渡渉。もう慣れたものだ。
昼過ぎにテントに戻って簡単に昼食を取りテントを撤収した。太陽と風のおかげで頭からつま先まで全身カラッカラに乾いていた。こんなにドライな状態が幸せだなんて……。ドライ最高!小さいけれど大きな幸せに気付かせてくれてありがとう、アラスカ。

戻ってきたらテントがしっかり乾いて幸せ……。
ワイルドにて熊と獲り合うスウィートを
昨日見つけた見晴らしのいい幕営適地に近付いてくると、足元にブルーベリーの実がちらほらあるのを見つけた。よく見るとちょうど食べごろのぷくぷくとしたブルーベリーがたくさん実っている。摘んで食べてみると、ちょっとほろ苦く酸っぱくてなんだかワイルドな味がした。貴重なビタミンにからだが喜んで、「クマさーん!ちょーっとベリーいただきまーす!」って叫びながら、摘んでは食べてようやく幕営適地にたどり着いた。ここは山の肩にあり、ちょうどよく平らなで、これまで歩いてきたユニット8とユニット31がよく見渡せる、バックカントリーキャンプの最終基地として、これ以上ない最高の場所。テントを張って周辺の散策、もといブルーベリー収穫にでかける。しょぽたんのアラスカでやりたいことリストにある「ブルーベリージャム作り」のためにひたすら摘んだ。
ブルーベリーは甘酸っぱくて、食べながら摘んだ。
ブルーベリー狩りのマストアイテム・SWITCH。
摘みながら夢中で食べるグリズリー達の気持ちがよくわかるなぁ……。おいしいもんなぁ……。「クマさーん!ベリーありがとうございますー!ジャム作る分だけわけてくださーい!」って相変わらず叫びながら、摘む手は止まらず、SWITCHがブルーベリーでいっぱいになっていた。(パーゴのSWITCHはブルーベリー収穫にも必須アイテム!)
ブルーベリー収穫に大満足してテントに戻ると、不穏なものが目に入った。テントのすぐ近くに手のひらサイズよりも大きなクマふん。見た目がまだフレッシュな感じで、手をかざしてみるとほんのりあたたかい。ブルーベリー収穫に勤しむ間、熊が近くまで来ていたという事実に不安と恐怖を感じた。しょぽたんも不安そうな顔で「どうします?テント、場所変えます?」と提案してくれたが、もはや場所を変えても気休めにしかならない。時刻ももう19時を過ぎていたため、不安はあるけどこのままこの場所で過ごすことを決めた。
気を取り直して、食事を作るためにテントから調理ポイントに向かう。「います、すぐそこに……」としょぽたんが大きく手を振った。わたしたちが登ってきたすぐそこの斜面に、グリズリーが3頭。母ぐま1頭とこぐまが2頭。

写真・真ん中に映るのがグリズリー親子。夢中でごはんを食べていた。
傾いた陽に照らされたからだは、金色にかがやいている。「プーさんってグリズリーだったんだ…」としょぽたんがつぶやく。日本で見かけるヒグマは茶色だけど、たしかにグリズリーは黄色みが強い。そうか、プーさんってグリズリーだったんだ(笑)。そんな会話をしながら、谷の向こうまで行くのを見届けた。
再び気をとりなおしてジャム作り。クッカーにブルーベリーと砂糖をいれて焦げないように煮詰めていく。しょぽたん先生によると、ポイントはひとつまみの塩。
最後の晩餐はラーメン、山伏めし、そしてブルーベリージャム。
ブルーベリーはそのままいただくのがアラスカ流(多分)
出来上がったブルーベリージャムは、甘酢っぱくジューシーで、ほろ苦さがアラスカを感じさせる最高のできばえだった。ウイスキーと、鹿ジャーキーと、ブルーベリージャム。なんてロマン溢れるメニューなんだろう……。

テントを開けたら、外にはアラスカの大地が広がっている。
空腹も満たされて、テントから外を眺めながらまどろむ。ブッシュの地平線の向こうに氷河を持つ山々。目の前に広がる自然の中に、人間はわたしたちだけ。信じられないくらい大きくて広いこの大地を自由に歩き回れるなんて、本当に贅沢な時間だ。眠るのがもったいなさ過ぎる。

夕陽に照らされる山を見ていると、不安も少し和らいだ。
むしろ、いまここにいるのは夢なんじゃないか……。風も自然のにおいも、空気の冷たさも全部、しっかりと覚えておこう。グリズリーがこわいなぁ、不安で寝れるかなぁと言っていたしょぽたんは、今日も安定の秒で入眠(笑)。すやすやと寝るしょぽたんを見ると「あぁ、きっと大丈夫だな」と安心して、わたしも眠ることができた。
DAY4:トレイル最後で最大の挑戦
最終日は地図で見つけた山・「ポリクロームマウンテン」を目指す。地図上では稜線を繋いで行けそうだったけど、地図には等高線しか情報がない。とんでもない藪やガレ場に出て進退極まる可能性もある。コースタイム目安なんてないし、行ってみないとわからないことが多すぎる。加えて昨日の夕方にはテント場近くでグリズリーと出会っている。不安要素は尽きない。そんな心境とは裏腹に、空は快晴で風は爽やかだった。今日も最高の日になるなぁと意気揚々と出発した。
標高を上げるにつれて木々は低くなり、森林限界を越えた。足元にたくさんあったはずのブルーベリーから可憐な高山植物に変わり、景色に彩りが増えた。ちょろちょろと小さな沢の流れもあって、まるで楽園みたいだった。
グリズリーに怯えながら、大声を出して急騰を登る。
こんな場所で咲く高山植物には、見るたびに元気をもらった。
山頂にたどり着くと、いままで見えていなかったユニット31のたくさんの山々、どこまでも繋がる稜線、初日に歩いてきた果てしないブッシュのユニット8の全貌、その先にひときわ大きくまっしろな山がそびえているのが見える。

念願のデナリは、とにかく大きくて存在感が凄まじい!
「わ……!デナリ!デナリだ!!!」 「え、え!見えた!やったー!!!」
夏にデナリが見える確率は30%と低く、ほとんどが雲で覆われて全貌を見るのは難しいと聞いていたので、こんなにまるっと姿を見せてくれるなんて!ここまでの苦労を思うと感慨深くもあった。ぐるっと360度、この大自然の中にいる人間はわたしたちふたりだけ。ふたり占めのこの空間は、わたしの記憶の中に強く残るものになった。

2人でデナリを眺めながらたくさん写真を撮った。
改めて、地図を見ながらこれからのルートを照らし合わせる。現在地から尾根を辿り、いくつかピークを踏んでいければ、目指すポリクロームマウンテンの山頂にいけるはずだ。ただ、そこに向かう斜面は地図上で見る等高線よりもかなり急に見えた。それに加えてガレとザレの山肌が続いているのが見て取れる。簡単ではなさそうだけど、せっかくだから自分たちを信じて冒険したい。
行ってみて、状況を見ながら判断しよう。挑戦はするけれど、無理だけは絶対にしない、怖かったら引き返す、これはどんな山でも徹底している、わたしの絶対の絶対のルールだ。稜線歩きはまるでアルプスを歩いているかのようだった。左前方にデナリと山の連なりを見て、その奥には氷河、眼下には緑豊かな台地と蛇行する大きな川の流れが見える。

振り返って、これまで歩いてきた稜線を眺めるのはトレッキングの醍醐味。
抱いていたアラスカのイメージは、荒野のようなただ広い彩度の低い台地だった。でも実際は果てしなく永久凍土のブッシュが広がり、針葉樹の深い森に湿原が点在していたり、森林限界を抜けたら高山植物がたくさん風に揺らめいていて、こんなにもたくさんの色や表情があるのかと驚いた。
ポリクロームマウンテンがすぐ目の前に見える場所まで歩いてきた。淡く茶色く不思議な色の山肌で立派な山容だった。ギザギザと鋭利になっている岩肌と、その崩れによるザレとで、なかなか邪悪そうな地質をしている。


取り囲む山も同じような色をしていて、「ここから先進めるかな…」と不安がよぎる。ピークに向かうには、一度下って別の尾根に渡らなければならない。探しに探して、次の尾根に渡るのに下りれそうなラインを発見したものの、見た目通りのかなりの急傾斜と不安定なザレ場だった。足場を整えようと、ぐっと地面を踏み込むと、ザラザラーガラガラー!っと崩れて行く。静かな山の中に落石の音が響いて、ひゅっと血の気が引いた。
「な、なかなかスリリングですな……」
なんとか無事に下りきれたときは、心の底からホッとした。難関を越えてからは、広い尾根がゆるゆると続いていて気持ちのいい稜線歩き。順調に足を進め、あともう少しでポリクロームマウンテンまでたどり着ける場所までやってこれた。

この先が崩落していた崖になっていた。
しかし、その先は崩落した崖になっていた。登れても降りられそうには見えない。ここさえクリアできればポリクロームの山頂にたどり着く事ができるのに……。一生懸命歩いてきたのに信じてついてきてくれたしょぽたんにも申し訳ないなぁと、落ち込みそうになる。
意気消沈して下を向いていると、マーモットがチョロチョロっと岩場を走り、ぴょこっと立ち上がり急停止し、その姿勢のまま1ミリも動かない。無の表情で微動だにしない姿に(どこ見つめてるの笑)、落ち込みかけていた心が癒された。こんなに目標まで近付いて、自分たちのちからでここまで歩いてこれたことが何よりすごい。

元気をくれたマーモット君。岩の隙間に住んでいるみたい。
この状況の中で最大限の頑張れてるし、私たちらしい旅がちゃんとできている。
どんなルートになったとしても、それが私たちの大正解なんだ。結局、その場を旅の終着地として、ここまできた自分としょぽたんを称えることにした。ひとりじゃこんなに頑張れなかった。ちょっとした不安や心配ごとに心がめげてしまって、きっとこんなに冒険できなかった。二人だったからこそ、ここまで来れた。本当にありがとうしょぽたん。

最高のトレイルメイト!大変な時も笑い合って乗り越えた。
帰還、今回のアラスカ旅を思い返す。
どうやってパークロードに戻ろうかと地図とにらめっこしていると、少し戻ればロードに続く沢があるのがわかった。沢から先がとんでもない藪だったらやっかいだな……と思ったけど、今の私たちならなんとかできるという自信があった。

右手の沢に沿ってパークロードに戻る。最後までアラスカの山、沢、藪を楽しめたルート。
渡渉しながら沢を下り、藪漕ぎをして夕方バス停に到着。途中の沢ではトナカイに出会ったり、最後の最後でまたグリズリーに遭遇したりと、最後まで楽しませてくれるアラスカだった。
道端で足を乾かしていたら、たくさんの観光客が到着(恥ずかしい笑)
4日間連れ回したZENNバックパックは、私たちと同じくドロドロに……
大きなバックパックを背負い、ドロドロの私たちは、観光客にまぎれてキャンパーバスに乗り、デナリの深い森から遠ざかってゆく。
さっきまで、窓の外に見える自然の中でちっぽけな生き物として冒険して暮らしていたことが、夢のだったように思える。アラスカのデナリ・バックカントリーキャンプ。普段楽しんでいるトレッキングとは、ひと味もふた味もちがう自然の楽しみ方。道もない、標識も小屋もない、人には会わないけどたくさんのグリズリーには出会う。どんな自然が待っているのかは、実際に行ってみないとわからない。
今までのアウトドアの経験や知識をフルに使って、自分の野生を解放して、太古の記憶を思い出して、デナリに生きるイチ動物・人間として過ごす。それはとんでもなくエキサイティングで、とんでもなく自由で、心を豊かにしてくれる。またいつかアラスカを旅することができる日まで、「はーいべあー!」の声出し練習は怠らないでおこう。
今回のギアリスト
<ちゅーた>


<ショホコ>

