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開発秘話 vol.10 MY FIRST AID編
2025.10.16 PRODUCT

開発秘話 vol.10 MY FIRST AID編

ユーザーとともに導き出したファーストエイドバッグの最適解

アウトドアアクティビティの安全のために欠かせないファーストエイドキット。必携品ともいえる重要なアイテムを、より実用的で機能的にアップデートできないか。そんな思いから、山岳ガイド、医療従事者へのヒアリング、多くのユーザーの声をもとに、理想的なファーストエイドバッグを探求する開発が進められました。本のページをめくるようにアイテムを一覧できる、革新的な独自システムPOPS(Paago Organizing Pocket System)を備えた「マイファーストエイド」。その開発ストーリーをお届けします。

– まず、ファーストエイドバッグを開発しようと思ったキッカケについて教えてください。

パーゴワークスの活動って、ハイキングとかトレランとか、アウトドアアクティビティの楽しさに目を向けているんだけど、同時に事故などの悲しい現実に触れる機会も少なくない。アウトドアでの安全に対してメーカーとして何かやらねばという気持ちはずっと持っていた。

近年は感覚的にも事故の数が増えてきていたのもあって、取り掛かろうと決意した。衝動的な使命感だよね。そこで、ファーストエイドバッグ、ここからスタートしようと。もともと「パスファインダー」というプロダクトも、地図と行動食をちゃんと持って、安全に登山をしてほしいという思いから生まれたもの。だから、マインドとしては実は変わってない。

でも、やはり何か起きたときに対処できるものは作りたいという気持ちが強くなっていった。それがファーストエイドバッグにつながっていった。ただ、これは難しいプロダクトだなという悩みはずっとあった。

– なかなか開発に着手できなかった理由があったのでしょうか?

ファーストエイドバッグとしての答えが見えていなかった。海外ではキットも一緒に売ってるんだけど、日本だとおそらく薬機法の関係で、薬やバンドエイドといった「中身」は一緒に売れない。つまり、袋を売るしかない。となると、中に何を入れるかっていうのは、ユーザーに委ねるしかなかった。

市場にあるファーストエイドバッグを調べてみると、何かしらのオーガナイザーがついていた。「何かしら」の、ね。これは、ファーストエイドバッグに限らず、トラベルオーガナイザーとかでもそうなんだけど、何を入れるかっていうのがあんまり明確になってないから、とりあえずつけているようなもので、不要なポケットが多く見受けられていた。もちろん商品それぞれにコンセプトがあるので、一概には言えないんだけど。

とはいえ、中身が確定しにくいアイテムだから、パーゴワークスはどうやって作ったらいいか、というのをずっと考えていた。

実は10年くらい前から試作はしていた。でもポケットの役割も含め、ちゃんと説明できなくて、商品化までは至らなかった。もっと遡ると、「キットバッグ」っていうパーゴワークスをはじめて2年目ぐらいに作ったプロダクトがあった。それはハイキング用のオーガナイザーだった。形は近しいけど明確にこれがファーストエイドだ、という設計を見つける必要があった。

で、ファーストエイドバッグを開発するうえで、理由づけ、エビデンスから入っていった。このアイテムは命に関わるものなので、適当じゃダメ、ちゃんとしないとなっていうことで、まずはリサーチに取り掛かった。

何をやったかというと開発アンケート。これを最初にやったのが2023年のITJ 。パーゴワークスは、イベントでアンケートを取ることが多い。とくにトレラン大会は、本当にユーザーが言いたいこと言いに来てくれるくらい、フィードバックの土壌が出来上がっている。なんていうか、聞く耳持ってるブランドっていうことで認知されているみたい(笑)。

– RUSHの開発で大きな役割をになった「ユーザーコミュニケーション」ですね。

リアルイベントでのアンケートからスタートして、ホームページでもアンケートフォームを開設して、ユーザーの声を集めた。午後3時に公開してその日中に281件もの回答があった。24時間で400件を越えた。最終的に1000件以上。ファーストエイドバッグが、かなり求められているのだと実感した。山の事故が増えていたのもあって、関心が高まっていたんだと思う。

アンケートでは、年齢やアウトドアの経験、みたいなオーソドックスな質問から、どんな怪我したことがあるか、持ち物や具体的なケガやトラブルといった経験も聞いた。30項目くらいあったかな。 まずはぜんぶ洗い出したかった。並行して、アウトドアショップの店長や医療従事者へのヒアリングもはじめた。パーゴのアンバサダーにも話を聞いた。ランナーにファーストエイドキットを持って事務所に来てもらったりした。

– ここまで多くのユーザーボイスを集めているアウトドアメーカーはないかもしれませんね。そのアンケートで何が見えてきたのでしょうか?

結論としては、キットの中身は人それぞれだし、アクティビティにもよってかなり違いがある。なかには死なない怪我は怪我じゃないっていう判断の人もいるし、どこにフォーカスするかでかなり差異があることがわかった。ここが一番勉強になったかな。

で、パーゴワークスとしては「ファーストエイドは自分自身の基本的な初期救急」と位置付け、さらに完全オフザグリッドで使えるものであることを定義づけた。

自分で対処できることってどうしても限界がある。だから、命に関わることはプロに任せた方がいい。 ヘリ呼んだ方が早い世界だから、そこはファーストエイドの範疇を越えている。そしてサバイバル系、エマージェンシー系の道具も別だと考えた。道具の補修や非常食などの「生き延びる系」。これは普段バックパックに入れるもので、ファーストエイドではない。

アンケートを見ていると、このあたりのアイテムがごっちゃになっているようだった。アイテムの仕分けが最初の勉強だったかな。「ファーストエイドって何なの?」って。

– ファーストエイドキットには何が必要で、何が不要かを整理したと。

人間の心理って、不安を取り除きたいから、念のため念のためで色々膨れ上がっていっちゃう。選択として間違ってないんだけど、不安な人ほど大きくなっちゃう。それ自体は否定しちゃいけないと思ってる。経験を積んで必要なものを見極めていけばいいから。

今回の開発は、最小単位のキットケースを作ることがコンセプト。パーゴワークスのコミュニティーはトレイルランナーのユーザーも多いので、彼らが持てるものにしたいというのもあった。

あらためてアンケートをベースに、ユーザーが持っていた道具を集めてみた。 ほとんどの場合は、病院でもらった薬や薬局で手に入るもの、ドラッグストアに売ってるものばかり。もうね、薬局行きまくったよ(笑)。その中からピックアップしてみると、大概いくつかパッケージの規格があることがわかった。

ひとつは、A6サイズ。パッケージの基本で、サイズ検討の基準にできそうだった。たとえばガーゼ関係、テーピング関係とか。もうひとつはそれより小さいもので、 ポケットティッシュのサイズ。これはA7サイズ。面白いでしょ?

フラットなものは、収納しやすいし、サイジングも簡単。でも、問題は立体的なもの。ゴロっとしたものをどうやって入れるか。ポイズンリムーバーは、トレラン大会の必携品リストに載ってたりする。そんな立体物をどうしようかと。あとはエピペンかな。

– 実際にユーザーが使用しているファーストエイドのアイテムが何かを知れたのは大きかったですね。

さらに、収納できるだけではなくて、ポーチ内で分類して整理して使える機能性が必要。暗いところでも取り出せて、雨とか風とかひどい状況でも使えるという設計要件も立てた。

ここから試作の嵐。最初はよくあるファーストエイドバッグみたいに、何かしらのポケットをつけてみた。ポケットだけでたくさん試作したよ。外身はさっき言ったように大体のサイジングの見当がついたので、中をどうしようかっていうところ。ポケットだけじゃなくて、ループをつけてみたり、マチをつけてみたり、いろいろ。

やる前からわかってたことでもあるんだけど、何をターゲットにするかをはっきりさせないと難しい。大きくすれば何でも入るっていうのが基本なんだけど、それだと入りすぎちゃって、どんどん重く大きくなってしまう。目薬とコンパス、さらにはとげ抜きを一緒に入れちゃおうってなってしまう。

でも、使うシチュエーションが全部違う。ポケットがあっても整理になっていない。バンドだけにして自分で考えてっていうのもあるんだけど、それは無責任すぎる。「使い方はあなた次第」みたいなのって、パーゴワークスがときどき使うキーワードではあるんだけれども、ファーストエイドに関しては、しっかりと正しい使い方を提示したかった。

– ひとつの最適解を探す作業ですね。

そんななか気づいたのは、みんなジップロックを使ってるっていうこと。アンケートにもあるし、自分でもそうだったなって。ああ、じゃあジップロックにしよう、と。

汚れや水にも強いし、衛生的にも安心。ジップロックもたくさん買ったね。最初は市販のジップロックをまとめる方法を考えてみた。基本は使い捨てだし、売ってるの買えばいいじゃんってなるんだけど、それじゃあメーカーとして失格じゃん(笑)。

だから、詰め替えできて、リユースできるジップロックを作れないか、と。しかも整理して使いやすいように束ねられるものとは?を考えはじめた。

束ねるだけのプロトタイプを、たくさん作った。縫い込んじゃうとか、パンチで穴を開けて何かで固定するとか。バインダーみたいなのも試してみた。プラスチックリベットとかもね。工業用に使われてるかな。 あの車の内装とかさ。 パッチンパッチンってやつね。いろいろ試して最後まで残ってたのが、ジップロックに穴開けて、通して留める仕様だった。

時々ブレークスルーするんだけど、でも実際にやってみるとすぐ外れちゃったりとか、問題が発覚する。じゃあもう専用のパーツを作るかと、3Dプリンターで設計したこともあった。とにかく試しまくって、あるとき生まれたのが、ベルクロを細く切って留めたらっていうアイデア。内側だけだとダメで、外側から巻くようにした。

答えが出てしまえば、結果的にすごくシンプルだなって思うこともある。でもそれが開発だから。これで開発が終わったと思うけど、作るものが決まっただけ。ここからは開発の第2章がはじまります。

– ひとことで開発といっても、思考の方向性や目的にはさまざまな段階があるんですね。

そう。そして、バトンは生産チームへ。メンバーは新藤と春田、そしてベトナムのスタッフのマイアンの3人体制。ここまでは俺主導でバーっとやるんだけど、ここからはどうやって生産、製品化するっていうステップになる。

過去にも話したと思うけど、開発には3つの段階がある。まずは「道具」をつくること。一番プリミティブな状態だね。自分専用のもので、他人のことは別に考えなくていい。アイデアを具現化したものだったり、DIYで作ったりしたものでもいい。自分がほしいもの、使いたいもの、みたいな感じかな。で、つぎは「製品」。これは他人が使うことを想定していて、量産できることが必須。プロダクティビティって呼んでるんだけど、どんなに気に入った道具でも、他の人が使えなかったり、工場で量産できなければダメ。

最後は「商品」。売れるモノであること、だね。ユーザーやマーケットからの需要、流通、販路といったハードルもある。これらがパッケージになって、ようやく優れた商品になる。あとはコストとかもある。

ファーストエイドキットにおいて、この3ステップで言えば、ジップロックの部分が「商品化」の大きな課題だった。だって、ビニールなんて作ったことなかったし、自分で作るとも思ってなかったから。

そこで新藤とベトナムのスタッフのマイアンが工場探しをしてくれた。ジップロックってポリエチレン製なんだけど、日本国内問わず海外のメーカーに色々当たった結果、最終的に対応できるのはわずかの2、3社しかなかった。門前払いみたいなのもあったし、お付き合いしてくれそうなのはごくわずかだった。

– 生産してくれる工場探しもイチからですか。

パーゴワークスでは、バックパックなどの製品をベトナムで生産していることもあって、ベトナムの工場から交渉をはじめた。何回もサンプル作ってもらって、理想的な試作品ができた。次は量産というところまでたどり着いた。そこでまた大きな問題にぶち当たった。

生産の最低発注数があまりに大きすぎて、計算すると消化するまでに13年もかかる、と。ビニールの場合はロットが万単位。 しかもPEバッグの保管の寿命が短く、13年も保管できないときた。

で、マイアンがベトナム人なので、「直接お願い大作戦」を敢行。工場に行って、パーゴワークスがどんなブランドで、何を目指して活動しているのか、どういう開発姿勢なのかを彼らにプレゼンテーションをしてもらった。その甲斐あって、なんとか協力してもらえることになった。最低発注数は4分の1、3年強で消化できる現実的な生産数にしてもらうことができた。ホッとしたよね。

ちなみにその工場は世界数十カ国と取引しているベトナムの大手企業。元気いっぱいの社長が経営していて、すごく活気のある会社なんだ。

ともあれ、無事に理想的なジップロックの生産にも目処がついた。内服薬、外用薬、ガーゼ、絆創膏、三角巾、手袋といった必須アイテムに加え、エピペンや目薬、ホッカイロとか、小物を入れられるポケットを設計した。つまり最大公約数的にユーザーが使っているアイテムが収納できるような理想的なファーストエイドバッグが完成した。

そうそう、こだわったのはこのIDシート。持病や連絡先といった基本情報がわかるようなシートを追加。ファーストエイドとはいえ、本人が意識を失うこともあると思うので、キットのなかでしっかり目立つようなデザインにしてある。

「マイファーストエイド」というネーミングは最後の最後に。これは自分用であって、他人を助けるためのものではない。まず自分用にこれを持とうというメッセージでもある。Sサイズはトレランやファストパッキングなど荷物を少なくしたい人、Mサイズは登山者やハイカーを想定して、2サイズを展開。

おかげさまで売れ行きは好調。ユーザーからの評判もよく、嬉しい限りです。開発初期にユーザーボイスを集めて、しっかり調査してから開発したことで、しっかりマーケットに受け入れられたんだと思う。RUSHではじめたユーザーコミュニケーションが、パーゴワークスのものづくりに大きく関わっていることがあらためてよくわかった。「マイファーストエイド」は、開発に苦労したけれども、安全登山に対するアクションという意味では、ひとつ達成できたんじゃないかなと思う。

ただ、プロジェクトとしてはまだ道半ば。持ってるだけじゃダメ。使い方を広めなければならないから。イベントだったりワークショップだったり、配信だったり。パーゴなりの方法で発信していきたいと思っています。やっとスタートラインに立てたくらいの気持ちです。