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開発秘話 vol.8 ラッシュ編 2023モデル ③
ユーザーボイスをもとに解像度を高めた「新生ラッシュ」
2023年、フルモデルチェンジを果たした「ラッシュ」シリーズ。初代「ラッシュ」にはじまり、レースモデルである「UT」など、その歴史を追うように開発秘話をお届けしてきた。前回は、「新生ラッシュ」のそれぞれのモデルについて解説したが、伝えたいことは尽きず。デザイナーだからこそ語ることのできるマニアックなディテールについても迫ってみたいと思う。
— プロダクトを開発したデザイナーとして、「ラッシュ」をモデルチェンジする上でのこだわったポイントはどこでしょうか。見た目はこれまでの「ラッシュ」らしさを継承しながら、実際の使い勝手はかなり向上したとランナーからの評判も上々です。
あらためて「ラッシュ」の開発を振り返るうえで、話しておきたいのが「ハーネス」の設計について。トレランパックにおいて、フィッティングと機能性を左右する大切なパーツということもあり、パーゴワークスに限らず、各社それぞれが独自の取り組みをしているんだよね。
ディテールを語りはじめるとキリがないんだけど、重要な要素のひとつなのがコードとアジャスターをどう設計するかということ。ベスト型のレースモデルについては、横の長さ調整をするコードが初期モデルは水平だった。ここでウエストのフィットを調整する構造になっていたんだけど、新しいモデルはアジャスターをつけ、支点の位置を上げている。
その理由は、コードを絞ってもポケットを使えるようにしたかったから。ウエストが小さい人だと、絞り込むことで容量が減ってしまっていた。減ってしまうのは仕方ないとしても、コードを引いたときのポケットの使いやすさをキープしたかったんだよね。
支点を変えることで荷重方向が肩からウエスト方向に向かうので、スムーズな調整ができ、フィッティングもよくなった。かつ、アジャスターを後ろに配置することで、ジッパーを長くすることもできた。2センチくらいかな。同時に、ゴミポケットの使いやすさも考えた。コードを締めると落ちてしまうというケースもあり、入り口を狭くしている。
なので、いくつかの課題を同時に解決するために、こんなにたくさんハーネスのサンプルを試作したんだよね。こればっかりは、実際に作ってテストしてみるしかなかった。ユーザーにとっては、ぱっと見はわからない。でも、ここがレースモデルのリニューアルの核心だと思う。かなり使いやすくなっているので、ランナーはもう気づいているかもしれないけど。
— レースモデルはハーネスのポケットのデザインが大きく変わりました。「UT」を使うトップランナーの意見もあったと思いますが、どのようなプロセスで開発したのでしょうか。
レース中、走りながら何を使うかをずっとシミュレーションしていたんだよね。で、サプリ、ウォーター、エナジー、フォン、トラッシュの5つに分類した。これを「SWEPT」と名付けたんだけど(笑)、結構奥が深い。レースの長さでも使うジェルの個数は変わってくる。ロングのレースなら、ジェルは五本、水は左右で1L。それをどういう風に入れるのか、使う頻度は、などなど。
水は飲むたびに出すわけではない。でも、飲み切ったら交換する。ロングレースなら3回くらいは変えるタイミングがあるはずだよね。ショートならエイドで給水しないこともある。スマートフォンは必携だけど、レース中は出さないことの方が多い。携行性だけでなく使用頻度も考えながら、ポケットのレイアウトを考えていった。
1つのアイデアがあったら、5〜10くらいのプロトタイプを作っている。今回注力したのが、実はスマートフォンだったんだよね。スマホがちゃんと入る場所がほしい、作ってほしいというニーズがあった。でもさ、ボトルとスマホの相性ってよくないんだよね。円柱と平たいものだから。濡れているものと電子機器というのもあるし、同じ場所に入れたくはないなって。
スマートフォンがどんどん大きくなっていて、モデルによってはこれまでのポケットに入らないという問題もあった。最終的に落ち着いたのが、ハーネスの内側だった。内側にスマートフォン用のポケットをつける発想ってパーゴが世界初。ボトルとの兼ね合いもあって、内側にフラットポケットをつけてみようかと。そしたら結構よかった。これまでの「ラッシュ」らしい使い勝手をキープしたまま、スマホも入るようになった。レギュラーモデルはハーネスの外側のポケットに。容量を大きくしているのでボトルを入れても干渉しにくく、かつ折り返しもつけて脱落のリスクも最小限にしている。
— ポケットが増えたりと機能が充実していますが、一方でなくしたものはありますか?
ポケットに求める要素としては、「収納物の脱落を防ぎたい」という点がある。入り口に折り返しを付けたり、ショックコードを追加しり、多くの試作品でテストしたんだけど、結果として従来の平ゴムを廃止し、新しい設計を取り入れた。
ちなみに、「ラッシュ 30」以外のモデルは、ショルダーハーネスの長さを調整できるので、フィッティングの幅が広がった。小柄な女性でも、体格のいい男性でも、ほとんどのランナーにフィットする。
そして、全体的に収納力もアップ。とくにベスト型はポケットがこれまでの8つから、12に増えている。レギュラーモデルのリュック型もポケットが3段になった。しかも、今までは下がボトルで上がスマホだったんだけど、上にボトルが入るような設計を採用している。
このことによってフラスクを高い位置で収納できて実用性が向上した。さらに、下にマチを入れたので、ボトルが入っていても行動食や小物が入れやすくなっている。この設計は、ラッシュランナーの若岡さんや大畑さんの意見が大変参考になった。ちなみに、チェストベルトを固定した理由は、アンケート回答で「高さ調整しない」人がほとんどだったため。
— 「designed by the runners」というタグラインを用いていますが、あえて開発者である自身がデザイナーではなく、ランナーこそがデザイナーであるという言葉を選んだ理由はどこにあるのでしょうか。
「新生ラッシュ」は、ランナーの声で生まれたプロダクト。最初は「design for〜」というのも考えたんだけど、なんか違うんだよなって。俺は開発でいろいろ苦労したけど、これはランナーみんなの代弁者としての苦労であって、思いを受けて、具現化するのが役目だとは思っていて。こんなのあったらいいよね、こうだったいいよねっていうランナーの声を受けて開発してきたから、ランナーがデザイナーなんだなって。
「runners」と複数形にしているのは、パーゴをとりまくファンへの恩返し。あなたたちランナーが作ったんですよという思いから。俺の作品ではなくみんなの作品だと。
だからこそ、たくさんのランナーに使ってほしいし、まだまだ意見もほしい。どこかで見かけたら声をかけてほしいし、こっちからも声をかけたい。パーゴワークスはそういうメーカーでありたいと思っている。そういう意味でも、ラッシュはその集大成のひとつなんだよね。
— 「ラッシュ」リリースに際して、全国のトレランコミュニティーで「MEET NEW RUSH」というイベントを開催していました。その背景にはどのような思いがあるのでしょうか。
以前、開発は「プロダクトコミュニケーション」だという話をしたんだけど、製品を通じて、ユーザーとメーカーが双方向でコミュニケーションをしたいと思っている。プロダクトとフィードバックのキャッチボールが、よりよい製品を作っていくという考え方。それを、もっともダイレクトにできるのが、「MEET NEW RUSH」なんだよね。
全国には面白いローカルコミュニティがたくさんあるし、パーゴワークスとしてもアンバサダー的な役割をしてくれている「ラッシュランナー」がいる。彼らをKOL(KEY Opinion Leader)って呼んでいるんだけど、ユーザーの声を代弁してくれる大切な仲間であり、プロダクトを広めてくれる役割もある。
「プロダクトコミュニケーション」から生まれるモノづくりをしたいんだよね。これは、ブランドをやっていく上でずっとやっていかなければならないと思っていて。
今後の展望で言うと、他のプロダクトを、この開発手法を取り入れていきたい。他のアイテム、ハイクとかでも同じ手法でやっていきたいなって。私たちは何を考えているのか、何を作っているのか、それを発信することは使命。なので、新製品を体験してもらうのは当たり前。そこから生まれるつながりを楽しみにしているんだよね。
— 今回のラッシュは「完成版」といえるのでしょうか?
今回のモデルチェンジは2年の歳月をかけた大改革だった。ユーザーアンケートやテスター、アンバサダーの意見をもとに作り直しては悩んで、デザインを何度も行ったり来たりした。サンプルの山だけが増えていく日々。150のサンプルを作り、全部終わって工場にパターンを提出した時は、「これは完成版だ!やりきった。」「もう絶対こんな面倒な開発はやらない。」と誓った。
だけど結局そこから3回くらいは変更したかな。最後の最後は、量産の縫製ラインにのってた時。本当は生産ラインの途中でパターン変更なんて許されないし、工場側からしてもとても迷惑な話。でもどうしても妥協できなくて、ベスト型のボトルポケットを2cmだけ深くした。先あげサンプル(量産のまえに最終仕様をチェックするためのサンプル)をテスターに使ってもらってて、ボトルの飛び出しが少し気になると。で自分やパーゴスタッフもテストして、やっぱりこれは見過ごせないと思った。生産中のベトナムに飛んで、直接工場へ直談判した。滑り込みでポケットの裁断を変更してもらった。
このラッシュは「今の」ベストを尽くした。それは確実に言えること。だけど時間が経って、遊び方が変わったり、ユーザーの属性が変わったりすれば、必然的に道具に対するニーズも変化する。僕はデザイナーだから、レース会場でユーザーに会ったり、アンバサダーの意見を聞いたりすると、どんどん創作意欲が湧いてきてしまう。あんなに生み出すのに苦労して大変だったのに、やっぱり楽しかったんだと思う。だからラッシュは完成はしない。これからも進化し続けると思うよ。