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若岡拓也の日本列島大縦走
若岡拓也の日本列島大縦走 #12
PAAGO MAGAZINEでは、日本列島大縦走中の若岡さんの走破記録を週ごとにレポしていきます。今週は山陰地方の美しい海を眺めながら走ります。みなさんもどこかで若岡さんに会ったら、ぜひ写真を撮ってパーゴワークスまで送ってください!どんどん紹介していきたいと思います。
日本列島大縦走の詳細については、こちらをご覧ください!
今週の記録
9/27 75日目 75.3km
白いふんどしという名の神秘のヴェール。その奥に透けて尻が見えた。空也上人も同じように、ふんどし1枚で修行していたのだろうか。愛宕山の登山口近くにある空也瀧を訪れた。空也が滝行に励んだとされるゆかりの地だ。下山してからは綾部までひたすらロードを走った。京都から綾部まで。
9/28 76日目 53.3km
綾部駅前の先輩宅から天橋立へ。峠道をいくつもまたぐ。地味なアップダウンに加え、地味な暑さがつらい。もう9月末だぜ、どうなってんだよ。独り言がはかどる。大江山に近づき、小式部内侍の歌を思い出した。若くして頭角を現したがために、世間から奇異の目で見られる。平安の頃から世の中はそう変わってないのだろうなあと思う。ペースが上がらず、天橋立に着いた頃には陽が沈んでいた。夜の松林もなかなか乙なものだった。
9/29 77日目 71.8km
海岸線から急に立ち上がった断崖、砂浜の奥に広がる段丘など。山陰海岸は変化に富んでいた。京都から北上してくるに値する風景が待っていた。見応えが特にあったのは立岩。柱状節理の巨大な岩であり、ゴツゴツとした荒々しい威容とそこにつながる砂浜の曲線が対照的で美しかった。
9/30 78日目 56.4km
関西、山陽から友人たちがサポートに来てくれた。週末万歳。インスタ映えしそうな浜辺のブランコやモニュメントの前で記念撮影に励む。朝からにぎやか。走りはじめても、多彩な風景に驚き、歓声を上げつつ進んでいく。断崖絶壁の上に伸びた稜線トレイルでは、右側を見下ろすと、そのまま海へと落ちていた。白波が岸壁に当たって砕ける様子まで丸見えである。知らなかったトレイルを見つけて、みんな嬉しそう。この大縦走を通じて、新しい発見をしてもらえるのは嬉しい限りだ。
10/1 79日目 58.1km
不思議なくらいに海がきれいだ。引き続き山陰海岸である。日本海なのに、海が青く澄んでいた。ハワイ島をふと思い出すほどだった。僕の育った石川では曇天と重たい色の日本海がセット。この差はなんなのだ。陸上(くがみ)では、浅瀬から歩いて中に入れる洞窟まであった。誘惑に負けて、シューズを脱いで中へ。今年初の海水浴は10月。短パンを濡らしたが、後悔はない。手軽な洞窟探検までできたのだから。
新田次郎の「孤高の人」で知られる加藤文太郎の墓にも行けた。ネットで見つけた写真の背景に映っていた山の形から探し当てた。嬉しいが、大きく時間をロスしてしまい、鳥取砂丘で日没を迎えてしまう。
10/2 80日目 58.3km
ただ60kmを移動するだけの日。このところ、70kmくらいであったり、ロードでも富士登山1回分くらい登っていたので、起伏の少ない海岸を走るこの日はボーナスステージだった。のんびりとした気持ちで関金温泉に到着。この先は80km前後でアップダウンの厳しい2日間になる。その前にひと時の休息だ。などと考えていたが、60kmはなかなかの運動量である。感覚がおかしくなってきた。
10/3 81日目 82.8km
痛恨の寝坊をしたものの、動じることはない。その分遅くまで走るか、巻き返して早く走ればいいのだ。開き直って下蒜山に向けて登っていると、前方に団体。こんな平日に人気の山だと思っていたら、テレビ番組のロケだった。「酒場放浪記」で美味そうに酒をたしなむ吉田類さんと有森裕子さん。「にっぽん百低山」の撮影だった。数少ない視聴している登山番組だったこともあり、2人と記念撮影できて浮かれた。蒜山の稜線は爽快そのもの。遠くまで見渡せる笹原に伸びたトレイルを駆け抜ける。
岡山の大先輩・村松さんがトレイルの整理で近くに来ていたこともあり、顔を出してくれた。面白そうな海外ロングトレイルの話に聞き入ってしまう。別れ際に「いま1番必要なのはこれだから」と封筒を手渡し、颯爽と帰る大先輩。餞別だった。無造作なようで、さり気ない優しさにあふれている。こんな大人でありたい。
午後からは岡山の友人2人がサポートしてくれた。1人が車で先回りしてエイドワーク。もう1人は並走。トレイルを含む50kmを支えてくれた。82.8kmで獲得標高2,800m。もっともタフな1日のひとつだった。1人ではキツい道のりを最後まで楽しめたのは間違いなく2人のおかげだ。
今週のつぶやき
変わりゆくもの
自分の足でたどることの面白みを改めて感じた。山陰海岸ジオパークは想像以上にダイナミックだった。海岸線から立ち上がった岸壁に圧倒され、その上に伸びたトレイルを走って気持ちは高揚。白砂の浜辺や丘の上から眺める海の青さに目を奪われた。ハワイ島でいつか見た景色が思い出された。
僕が知っている日本海はもっと鈍色である。少なくとも生まれ育った石川の海はそうだった。記憶の中にある海はどんよりと曇っている。断じてハワイにはなり得ない。
同じように冬になればカニを食べ、ブリを刺身にする文化圏だろうに、この差はなんなのだ。油の乗ったブリが光を反射して煌めくように、海はまぶしく輝いていた。
思いがけないギャップを感じたのは、僕だけではなかった。関西、山陽から来ていた友人たちも同じであった。車で通ったことはあっても、自分の足で走ることはない。海岸線で次々にやってくる絶景に驚いていた。
海沿いの自然美に心を奪われ、中国山地を越える間に、残すところ1,000kmを切っていた。大台を割り、もう少しだ。開聞岳にかなり近づいた気がして少し浮かれた。いよいよゴールが見えてきた。いや、ちょっと待て。まだ900kmもある。ちょっと感覚がおかしくなっている。
思い返すと、最近はなぜ走るのかだとか、何を考えて走るのかだとか、そんなことを考えなくなった。忘れてしまった。毎日の日課のように、朝起きて走り、山を登る。日が沈むから足を止めて眠る。日常の一部になっていた。60〜70kmくらいが適度で、80kmを超えるとちょっと疲れる。それくらいの違いだ。
景色だけでなく、自分の意識も変容していく。それもこの大縦走の面白さなのかもしれない。