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2020.11.06

2020 KOUMI CHALLENGE (染谷英輝)vol.3

レース本番編

スタート時の土砂降りが伝わるだろうか

前日受付

KOUMIのしおりにしたがって、車4台にて出発し、談合坂にて合流。揃うとなかなか大所帯である。そして、何故かアベンジャーズのような、ヒーローが集結している感じがあり高揚していた。

順調に現地に着き、無事に受付も済ました。サポートエイドとなる駐車場で、屋根のある位置の目の前に車を停めることができた。これは今思うとファインプレー。朝早く出発した甲斐があった。試走でもお世話になった、ファミリーロッジ宮本屋さんまで会場から1kmちょっとであるが、仲間の1台の車でピストンしてくれて、3台を駐車場に残すことができた。

受付で手にしたゼッケンをペーサー塙くんへ渡し、明日の準備をワクワクしながら進めていた。

ゼッケンを手に気持ちが昂る

18時に大会側から翌日の大会の可否をアナウンスするとあったので、みんなで夕飯を食べながら、今か今かとそわそわしていた。結果、19時ごろ「予定通り開催」と発表があり歓喜した。奇跡的に台風の直撃は免れており、本州を暴風圏にせず、異様な南下をしていた。

結果、台風は南に逸れていった

KOUMIスタート!

お待たせしました(笑)。いよいよ本番である。当日の朝は、しっかり雨が降っていた。スタート時からフル装備である。

緊張していたのか、半目のブサイク(笑)
載っけるか迷ったが、この写真しかないのだ(笑)

雨の中のレース展開

土砂降りの雨の中、レースはスタートした。今思えば、雨のせいか、スタート時間直前に到着したせいか、少し地に足がついてない感じだったかもしれない。とは言え、ずっとここまでイメージしてトレーニングしてきたのだ。頭で考えなくても、身体が勝手に動く。

意識していた点は、以下だ。

・始めからポールを使う
・とにかくエコ(最小エネルギー)で走る
・汗をかかない程度で体温は、上げすぎず、下げすぎず
・温かいものを飲む、食べる
・1、2周目はゼロ周の気持ちで走る
・3周目からがスタートである
・4周目が終わって初めて半分終わったと思ってよし
・つらいのは、多分気のせい

後は自分を信じてやるだけ、今までやれることは全部やってきた。最初のロードは、どんどんどんどん抜かされる(笑)。

「あれ?みんな100mile走るんだよ??36時間とかだよ??まだいっぱいこのロードあるよ??」と思ったが、僕は淡々と抜かされていった。

「大丈夫、自分のペース、自分のペース」と言い聞かせた。林道の入り口に差し掛かる。

「はい、渋滞ですね。でもいいの、まだ最初だから。ポールを使い、淡々と登ろう。うん、やはりみんな速いね(笑)。急いでるねー」とか思いながらペースを守っていくと、林道パートの中盤くらいから抜かされなくなった。やっと落ち着いた展開になってきたなと思ったが、この林道、台風の影響で降り続いた雨によって、ほぼ川となっていた。

スタートから1時間40分ほどで、第一エイドに着いた。エコ運転では良いペース。さて、ロード。ロード区間は走れるところは走っておこうと、緩やかなジョグ。そして稲子湯エイドも通過した。エイドではペットボトル水を用意していただいていたが、スタートから持っていた水がほぼ減ってないので水補給をしなかった。

振り返ると水の補給は、スタート地点に構えるサポートエイド以外だと、3周目の帰りの稲子湯だけであった。トレイルパートは前日からの雨によって泥んこというレベルを大きく超えていた。

トレイルはこのような川の状態であった。深いところは膝下まで潜るところも
秋の紅葉が綺麗なトレイルも

1周目は、6時間11分04秒。

この1周で完走に向けてイメージが明確にできていた。「このペースで1、2、3周を刻めばいける!!その後はペーサーが待っていてくれる、引っ張っていってくれる。1周のダメージがほぼゼロだ」

サポートエイドに戻って来た時も、
「まだ始まってないよー!」なんて言いながら、スーパー元気であった。

塙くんにも「このペースで3周まで刻むから!」と力強く伝えていた。エイドでは、宮本屋さんからのおにぎり2個と和風出汁、白湯などを食し、行動食もいくつか食べた。元気もりもりであった。

1周目終了時、まだ始まってない

意気揚々と2周目に出発。2周目の林道登りでは、僕がトレランを始めて、トレランの魅力も、山の怖さも、マナーとモラルも教えてくれたメンバー(亀井先生)と再会し、一緒に林道をおしゃべりができるペースで登っていった。この頃は選手もばらけており、淡々と進んでは前の選手を捕まえてパスしていくリズムでとても好調であった。

速いメンバー(ナオキ)は4時間半以内で1周を終えていた。ナオキとは、2周目のロードで出会い、引力があるかのようにハグをしてお互い檄を飛ばした(笑)。よくわからないがいつも通り、お互い笑い合ってテンション高かった。

少しニュウの登り下りで数人の渋滞にひっかかり、時間がかかってしまう時があった。この時、降りしきる雨によって、道は田んぼになっていた。斜度があるところでは、上流から冷たい雨水が流れてくる。

ニュウ手前のほぼ河川

2周目の下りのロードでは、先ほどのナオキが3周目の登りとしてまた会えた。「I have No PAIN!!」「Me too!!」というよくわからないテンションのやり取りを大声でして、お互い雄叫びをあげて分かれた(笑)。

2周目は、6時間56分46秒であった。1周目から遅れている感覚は無かったのだが、渋滞などの影響だろうか。この時もまだスタートから雨は降っており、時間は18時は回っていたので、辺りは真っ暗であった。2周目の終わりには、チームメンバーも応援に来てくれていた。前日にグループLINEに送られてきたのだが、参加メンバーには内緒で寄せ書きを描いてくれていた、それも横断幕のような特大サイズを2つ。

みんなからの応援メッセージ

2周目のゴール手前で塙くんと再会。
塙くん「何か食べるー??」
僕「あーー、赤いきつね!!」

元気である(笑)。1周目も同様のエイドワークを行った。バナナやみかんも用意してくれて、口いっぱいにむさぼっていた。塙くんも、3周目スタートしてからの坂道を少し一緒に走ってくれて、塙くん「身体冷やさないように!」僕「うん、次待っててね!!」と拳タッチを交わした。

3週目

作戦は順調である。1、2周目を本気で0周だと思えている状態でまだ、疲労感もない。3周目がスタートの認識であった。

「これはこのまま同じペースで3周目も刻もう!そしたら、塙くんがいる!」そう思って、林道、ロードをパスし、ニュウへの登山道の手前に仲間(たっしー)がいた。だが、背中からは疲労感を感じた。

後ろから「ニュウの登り頑張ろ!!」と声をかけた。ここまでは、だいぶ調子が良かった。

だが、ニュウの登りから少し異変が起きる。

さっきまで2周は淡々と登れていたはずのペースで息が上がってくる。でも、悪いペースではなく、登りはどんどん前に追いついてパスしていく。基本トレイルパートは、2周目以降は抜かされていない。2周目の渋滞は嫌だなと思っていたこともあって、少し呼吸が乱れていても、止まることなく、どんどんパスして、林道に出たら、補給して呼吸を整えようくらいに考えていた。

こんな泥沼もあった

振り返ると、ここでの疲労の蓄積が悪かったのだと思う。元々トレイルは走れるので、下りもリズム良く走っていた。しかし、どこかニュウに近づくにつれて、4周目の制限時間が頭をよぎるようになっていた。下りもノンストップで下りたが、焦っていた。

ロードに出た時刻23時40分。この時気がつくと、頭に酸素がいっていないような、ボーっとして、ふらふらする感じになっていた。

「(眠気かな……)」

4周目終了の制限時間は朝の9時(スタートから28時間)である。

あまり回っていなかった頭であるが、4周目のスタートには、7時間半は残しておきたい。つまり、深夜1時半にはスタートしたいということだ。ロード出たところからそれなりプッシュしないとダメだとわかり、ロードを走り出した。

塙くんが待っている。しかし、身体が思うように動かない。視界が悪くなり、ふらふらする。「走り出せば、目が覚めるだろう?カフェイン系の物を入れたら?音楽を聴こうか?」

思いつく限りのことをしたが一向に改善しない。ポールによりかかり、目をつぶった時もあった。ふらふらになりながらとうとう路肩に座った。

「イヤ、ダメだ!!」と思い、3秒で立つ。ロードの谷側でふらふらしては危ないから山側に寄ろう。そんなことを考えながら、歩くしかできなかった。ふと見上げた空は三日月がくっきり出ており、星も眩しいくらい綺麗だった。うる覚えだが目に焼きついている。

その時には、タイムを縮めるためのプッシュどころではなくなっていた。何度も時間を気にして、間に合わなくなる、焦りや、不安な心と闘いながら、でも、みんながいる。戻らなきゃとくらいつく。

そんな意識朦朧としていると急に、別の仲間(テツ)が「そめやん!!」と、チームキャプテンのHDKさんが4周目に入り、ペーサーのテツとジョインしてロードを登っていた。

僕「あーあー」と、
何の返事かわからないが、とにかく声を発した。

すると、ヘッドライトで眩しい光の中からテツの握り拳が差し出された。僕も手を伸ばし、拳タッチをして別れた。ほんの一瞬の出来事であったが、2人の顔が目に焼き付いた。3人で一緒に試走にきた仲間である。

その瞬間、自分の不甲斐なさ、情けなさで、悔しくて悔しくて、ロードを歩きながら顔をくしゃくしゃにして泣いた。声を出して泣いた。その時、心の中に響いた言葉が「走れ!」である。

「悔しがる力が残っているなら、最後まで走れ!弱気になるな!3周の終わりでぶっ倒れても良いから、1分1秒でも4周目に時間を残せ!」

「塙くんが待っていてくれている。4周目のスタートを完走の希望が見えないような時間で塙くんとスタートするわけにはいかない。あとのことはその時に考えろ。今は、一刻も早く戻れ」

そこからどのように走り出したかは覚えていない。気がつくと、エイドをパスして下りの林道に入った。やるしかない。下りを猛スピードで走り、自分の激しい呼吸音しか聞こえない。「とにかく走れ」ずっと、それしか頭になかった。街が見えた。あと3kmのロード。スピードを緩めなかった。スケートセンター手前の坂まで来た。

視界の先に、一人だけ立っているのが見えた。

塙くんだ。僕「ごめん、時間。ごめん!」
塙くん「大丈夫、大丈夫!!ナイス!!」と声をかけてくれた。

チェックポイントのループを走って通過し、サポートの元へ戻った。何か食べたのだろうか? 水は入れたのだろうか? 確かお湯を入れてもらった気がする。暖かいスープを飲んだ気がする。みんな心配そうに僕を見ていた気がする。取り乱していたと思う。半ベソかきながら「時間、時間……」と言っていた気がする。

時間が気がかりですぐに出発しなければと思っていた。これまでのどのエイド時間よりもだいぶ短く出発した。その時には、少し気力が戻っており、「絶対に帰ってくる!!」とみんなに伝えて、拳タッチを交わした。

制限時間まで7時間は切っていた。「6時間半で戻ってくれば大丈夫!無理ではない。塙くんがいる。背中だけ追いかけよう」。4周目スタートのチェックゲートに行く際に、グローブを忘れていたことに気づく、こんなミスはしないのに焦っていた証拠だ。

3周目は、7時間49分47秒もかかっていた。

取り乱している3周目終わり。前髪を見たら分かるだろう(笑)

4週目

4周目をスタートした。

林道までのロードは、ジョグができた。
「(うん、まだいける)」
塙くん「足動いているよ!大丈夫!」と声をかけてくれる。

「(林道までは走ろう。林道はパワーウォークで登ろう。林道は大丈夫)」と思っていた。ほとんど話すことができていない状態であった。林道に差し掛かり、ここから歩く。塙くんが前にいて、その背中を必死に追いかける。

「制限時間に間に合うペースを刻んでくれる。俺は背中だけ見て、ついて行こう、補給のタイミングも指示してくれる。いける、いける)」
そう自分に言い聞かせて、必死で食らいつく。どのくらい時間が経っただろうか?これまでとは全く違って歩きのペースが上がらない。途中何度も嘔吐しそうになる。行動食を差し出されるが、ほとんど食べられない。

「(これだけ仲間がいて、サポートがいてくれて、応援してくれて、ペーサーもいて、こんな良い条件のKOUMIは二度とない。この状態で完走しなくて、いつ完走するんだ!)」
何度も何度も言い聞かせた。それしか考えられなかった。

しかし、コンディションは良くならず、塙くんの背中以外の視界がぼやけてくる。倒れそうだ。フラフラ歩くと余計足を取られる林道はどんどんペースが出なくなる。途中で少し休憩を申し出て、一度林道の脇に倒れた。

塙くん「少し目をつぶろうか。寒さは大丈夫?」
僕「うん、寒くはない。」

という会話をした途端である。

急に身体がガタガタと震え出した。

すぐさま条件反射的に動かなければ危険ということが頭をよぎり、立ち上がる。身体は大きく震え、渡されたポールが持てなくなる。すぐさまエマージェンシーシートを出してくれて、被せてくれた。シートを被りながら一歩づつ動き出した。「(寒い、寒い。)」あの1分にも満たない、立ち止まった瞬間身体が何かを自覚したのか、急に崩れた。

エイドまで、あと2kmほど、さらにペースが遅くなり、歩いた。とにかくまずはエイドまで、そんな思いで歩いた。衰弱し切った状態であったが、この時には、完走することが考えられなくなっていた。DNF(リタイヤ)だ。

ほぼ止まっている思考回路で、完走できないという事だけはわかった。あと1時間もすれば陽が登るが、そこまで耐えれる状態ではなかった。エイドの焚き火のそばに座らしてもらい、シートをくるまったまま座った。座るだけでも体力が奪われるような感覚で、とにかく倒れたかった。そして、火のそばで倒れ込んだ。

完全に動けなくなった4周目の第1エイド

どのくらい時が経っただろうか。寝てないが思考が止まった状態であった。とにかく寒くなっていた、食べ物も喉を通らない。レース完走には手遅れの状態になってしまっていた。この時、同じエイドで残念ながら、他の仲間2名(たっしーと和樹)もリタイヤとなった。

今回の大会のコロナ対策のレギュレーションでは、途中リタイヤの車での搬送はない。自力で山を降りなければならない。みんなで林道下ろう。どういう順番で会ったかは覚えてないが、自分のリタイヤが決まった後に、4周目を下ってきたHDKさん&テツ、5周目に登るナオキ&ゆーたと会った。会うたびに仲間の顔を見れないくらい涙が溢れてきた。

自分の不甲斐なさで、一緒に完走できなくて「ごめん」それしか言っていなかったと思う。そして、まだレースが続いているので「頑張って」この二言しか言えなかった。「(一緒にあれだけ練習したのに、ごめん。チームとしてこんなに手厚いサポートと応援をもらているのに、ごめん。)」

ナオキ&ゆーたとは、僕が謝りながらハグをし、HDKさん&テツとは、暗闇で交わした拳を再び交わした。林道を下る。3周目であんなに飛ばした林道なのに、いつまで経っても街に出ない。毎回歩いているだけなのに、取り残されて、途中で待ってもらって追いつく。

林道を抜けるだけで物凄い時間がかかった。やっとロードである。が、ロードも3km。今の歩くペースだと。45分くらいかかっただろう。その頃には、空も明るくなっていた。最後、塙くんと歩きながら松原湖スケートセンターを目指して歩いた。

このロードが異様に長かった

ゲート手前の最後の坂道、僕の姿が見えると「染谷さーん!!」と呼んでくれた。僕は、悔しさを隠すためにお辞儀をしたが、その後は、涙で仲間の顔を直視することができなかった。少し落ち着いてた気持ちがまた溢れ出した。りょうへい君(たっしーのペーサー)も近くまで寄ってきてくれて労ってくれた。とにかく「ごめん」としか言えなかった。

KOUMI2020終了

最後、塙くんと写真を撮り、サポートベースに戻った。ほぼ不眠不休でみんなのことをサポートしてくれたメンバーが、笑顔で迎えてくれた。ふと目線をずらすと、その先に、チームメンバーからの寄せ書き横断幕が綺麗に飾られていた。3周目の時にすでにあったらしいのだが、僕は全く気づかなかった。

それを見た途端、張り詰めていたものがプツンと切れたように、号泣してしまった。1周目から泥だらけであったシューズとパンツ。何度足が痛くなろうとも、「気のせいだ、気のせいだ」と言い聞かせた足。水溜りに入るとアイシングのように気持ち良く、途中からわざと入る時もあったのだが、それは麻痺させていただけだった。

24時間以上ずぶ濡れで過ごした脚

何度も痛いと思った場所は、摩擦で擦れ、皮膚が剥がれて、真皮まで達していた。全然気のせいではなかった(笑)。スタートからずっと濡れっぱなしであったシューズ、ソックス、テーピング、それら全てがお互いに干渉して強い摩擦を生んでいた。

その後、仲間のゴールシーンを何度も見た。カッコ良かった。心から祝福しているが、何度見ても、ここに自分が立っていたかった、ゴールして喜びを分かち合いたかったと強く思った。

大会の雰囲気も最高で気持ち良かった

仲間が救護に行くと言っていたので、付き添いでついて行ったが、僕の足もどんどん腫れていくので診てもらった。すると「捻挫していないで、この腫れ方だとすると、細菌が入っていますね。すぐに医者に診てもらって、抗生物質を打ってもらった方が良いですね。じゃないと高熱が出る可能性がありますね」と神妙な面持ちで告げられた。

外傷がある部分が常に泥水につかることで細菌が入ったようであった。その後応急処置として、全ての傷の消毒と処置をしていただいた。この処置と忠告がなければ危険だった。腫れはひどくなる一方で、冗談抜きに象のような足になったが、翌朝、東京で整形外科で診てもらい、抗生物質の飲み薬を処方してもらうことができた。それから腫れが引き、傷が治り、痛めた腱の炎症もだんだんと良くなってきたが、それまでに約3週間かかった。

翌日病院での処置後

激闘の翌日

2020 KOUMI Challengeは終わった。結果は完走できなかったが、かけがえのない仲間とのこのチャレンジは僕の一生の財産だ。正直、一人になれば、KOUMIのことは考えては、自己嫌悪にもなったし、ああすれば良かったのだろうか?というタラレバも考えたりもした。しかし、ナオキのペーサーをしたゆーたから僕のSNSを見てメッセージがきた。また塙くんのストーリーも心に刺さった。

カフェにいたのだが、隠せないくらい大粒の涙が流れた。この言葉をもらうまで、KOUMIへのこの一連の活動を、自分で自分のことを労ってあげることすらしていなかった。「一生懸命やった結果は、これがベストだ。これ以下でもこれ以上でもない。限界まで挑戦できて、また一つ強くなれた。これで終わりではない。また次がある。一緒にまた頑張ろう」と、自分に対して伝えてあげた。

数えきれない有難う

何と言ってもこのような世の中の状況で何度も協議してくれて、行政や地域の協力を得てKOUMI2020を開催してくれた大会主催者には、大変感謝しています。改めてありがとうございます。
そして、一緒に挑戦した仲間、ペーサー、寒い中不眠不休のサポート、わざわざ応援まできてくれた仲間、そしてたくさんのメッセージをくれたみんな。本当に本当にありがとう。これからも引き続き、よろしくお願いします!!

追伸:僕のKOUMI Challengeはまだまだ続く
実はすでに2021のメンバーリストを作成しております(笑)

少しでも出たい発言をした人をリスト化している(笑)

ここまで第3回に渡るレポートを読んでいただいて有難うございます!大変嬉しいです!今回のようなトレランのことや、仕事のことなどをnoteに書いてますので是非、ご興味を持っていただいたらのぞいてみてください。

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