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2020.10.20

2020 KOUMI CHALLENGE (染谷英輝)

トレーニング編

9月15日 KOUMI 試走の快晴

KOUMI 100

KOUMI1002020年10月10日(土)長野県小海町にてKOUMI100が開催された。35kmのトレイルコースを36時間以内に5周する175kmのレースである。

結果から先に言うと、4周目の最初のエイドでDNF(Do Not Finsh)。約110km、KOUMIは完走することが出来なかった。

このレポートを書くにあたって、完走した選手の取り組みにしたかったのだが、完走できなかったレースに向けての準備になってしまった。しかし、これからチャレンジする人の参考になるかもしれないし、読み物として面白がってくれるかもしれないし、僕の人となりがわかるかもしれない。要するに、自由に読んでもらって、自由に解釈してもらえれば良いなと思ったので、書くことにした。

自己紹介

簡単に自分の話をすると、千葉の農家出身の35歳、元々ソフトテニスを6歳から始め小中高大と本気で打ち込んできた。全日本ジュニア優勝したこともあり、クールに見られがちだが、松岡修造並みに熱い漢だと思っている。運動全般は好きで、ランニングもしてみたが、どうものめり込めなかった2012年、会社の先輩に「おそめ、山行くぞ!」と誘われて高尾山にトレランに行ったのが最初である。

その年の12月千葉鋸山のレースに出たのが初めてのレースで途中つらすぎて、何度も、もう2度と出ないと思った。しかし終わった後の悔しさなど、エネルギーが溢れてくる感覚がして、翌日にはまた走りたいと思っていた、テニスに打ち込んでいた頃の熱量と同じものを感じていた。

有難いことにその先輩の同級生グループがトレランに打ち込んでおり、週末山に連れて行ってもらったり、レース情報なども知らせしてくれて、一緒に遠征していた。面白いもので最初は20数kmのレースで限界を感じていたのに、もう少し長いレースとチャレンジを続けていると想像もしなかった景色に到達していた。

シャモニーでの絶景とビール

鋸山、木曽駒ヶ岳スカイレース、身延山、甲州アルプス、ITJ、ART、KOUMIにも2017.2018と挑戦している(ここもDNF)そして、どんどんのめり込んでいった結果、鋸山を走っている頃は、全く想像もできなかった、2019年UTMBシリーズのTDSにも参加していた。シャモニーの景色、レースのあの熱気、べらぼうにおいしかったワイン、チーズ、サラミは忘れられない。

2019 TDS完走時の歓喜の瞬間

Chicken Heart Running Team紹介

今現在は、トレイルランニングをメインにしているChicken Heart Running Team(以下CHRT)で代々木公園を拠点に毎週木曜夜に仲間と共にトレーニングしている。漏れなく、乾杯もついてくるが(笑)
まだチームができて1年ほどであるが、「強く、かっこよく」「速いやつが偉いではない」という方針のもと各々が仲間を大切にし、熱量と自律性を持った良いチームになってきている。

CHRTコロナ前の練習風景

彼らと出会う前は、山に行くとしてもソロで活動することが多かったが、今では毎週末誰かしらチームのメンバーと山に行くことが多くなった。年齢は20代前半から40代もいてトレラン初心からマイラーまでいるチームであるが、みんなフラットな関係でとても気持ちが良い。この年齢でまた新しい濃ゆい友達が一気に増えた感じである。あらためてチーム、そして一緒に関わってくれている人達へ感謝したい。いつも有難う。

コロナ禍のトレーニングとモチベーション
(3月〜6月小海エントリーに至るまで)

そんなCHRTとの出会いは、昨年の秋で、そこから冬の期間、木曜の練習に参加するようになった。2020年はたくさんのレースに出て、お店に賞状をたくさん飾ろうなんて話していた。お店というのは、チームの立ち上げメンバーでもある、夫妻のお店で、代々木上原にある「ミ・チョリパン」である。今年3月までは練習後いつもここで夜深くまで、呑んでいたものだ。

自粛明けで久々に集まって飲んだチーム会

ただ、コロナの影響で4月以降の生活が激変した。チームのリアルな練習はなくなり、ランナーもマスクが必要と言われたり、見えていたレースは全てなくなった。エントリーしていたが、なくなったレースは、UTMF、スリピークス八ヶ岳トレイル、そして、Racing the Planet のジョージアのステージレースである。この時は当然KOUMIの開催すら発表されていない。

ジョージアは8月に予定されており、大会開催の可否は、1ヶ月前に判断するよ!と運営本部からメールが来ていた。コロナ禍でやることが仕事か走ることしかなくなったので、まあジョージアの可能性が残っているなら空いている時間はとにかく走ってみようと思って、たんたんとやっていたら、4月、5月の2ヶ月で1,000km走っていた。

電車を使わず、実家の千葉の松戸に、帰る時もジョージアの練習になると大きい荷物をかついで走って帰っていた。暇だからできたのだろう。(笑) CHRTの練習もすぐにトレーナーを招いてオンラインのトレーニングにシフトした。今思うと、(絶対なくなると思っていたが、)ジョージアとチームのトレーニングがモチベーションの全てだったかと思う。NIKEアプリやSTRAVAで仲間に刺激をもらい続けていたのも良かった。そして、6月下旬KOUMI2020にエントリーすることができた。その瞬間から強烈なモチベーションが加わった。

オンラインでのCHRTの練習

ペーサーの存在

2019年もエントリーしたが、この年は台風19号の直撃で大会は中止になっている。2020へのエントリーをSNSにアップすると、すぐにレース項目の「ペーサーあり」にリアクションしてくれた人がいた、そう、後にペーサーになる塙くん( https://coredesign.club/trainer )である。最初は軽いノリであったと思うが、ペーサーに立候補してくれた、そして予定を調整してくれて正式にペーサーとなった。

塙くんとは、CHRTのきっかけで出会っていて、彼自身も毎週水曜の早朝6時から生田緑地での練習会を行っている。僕もそこにも遊びに行っており、トレラン仲間となっていた。初めては、高尾山合宿2DAYSだったな。底沢アップで僕が出し切ったら涙が出てきた時が出会いだ(笑)

水曜早朝の生田緑地練(塙くんは左端)

彼は自らの会社で、パーソナルトレーニングやチームや部活動のトレーナーとして、診断、メニュー開発、経過観測などで帯同している。自身も海外のレースなどで上位入賞経験もしている強者である。そんな彼がペーサーになってくれた、何よりも心強い。

彼とのトレーニングや、KOUMIに向けた事前の準備は、次にまとめたいと思う。


事前準備編

KOUMI 2020

前回はKOUMIに至るまでをまとめたが、後編では、今年のKOUMIコース、トレーニング、準備などをまとめていきたいと思う。実際のレースの様子は最終回にお届けするのでもう少し待ってね。

9月15日平日にお休みをもらって、メンバーと試走にきた。
2017、2018年と何周も走っているが、記憶が断片的であった。しかし、走ったら全てが繋がり、鮮明に思い出した。この時は、1周5時間強で走ることができた、本番を想定して、「(仲間の名前)の背中が見えたぞー!!」とか言い合って、ロードの登りをプッシュしたりもした。そして、大の大人3人がゴールの松原湖高原スケートセンターで何度もゴールシーンの写真を撮ったりもした。(今となっては、幻のゴールシーンとなってしまったwそれは恥ずかしいので、写真を載せるのはやめておく(笑)

KOUMI 試走

今回コロナの影響でこれまでと異なるのはなんと言ってもエイド。コロナ前は、スタート/ゴールの大エイドでは、温かい小海そばを常時準備してくれていた。道中のエイドでも補給食やお湯があったのだが、今回は、ペットボトルの水のみであった。これまでの大エイドも封鎖で、それぞれがテントか車をエイドとしてレースに臨むというものであった。

本番を想定した練習(小海エントリー後から本番まで)

KOUMIは特殊なレースで同じコースを5周するというのが特徴的であり、ここが最大の難所である。過去の挑戦でも3周目が鬼門として、打ち砕かれた。3周目の時に、まだ半分にも到達していない。いや、距離的に半分だとしても、同じ距離をこの後、深夜パートで走らなければならない、と思うと、途端に心が弱くなっていた。

なので、今回は、1、2周はまだスタートしていない。3周目からがスタートで、4周終わったらやっと半分終わったと思おうと言い聞かせていた。完走できたTDSもそうであったが、心構えとしての、スタートや折り返しをコースのどの位置に持ってくるかは効果的で重要である。

実際にKOUMIエントリーが決まってからの取り組みとしては、以下7つである。

① 5の練習
とにかく、5ループする練習。同じところを走るなら、短いコースを作って5周する。意外と途中でやめたくなるので、飽きずに忍耐力をつける練習。

② 寝ない練習
終電近くで高尾山口駅に向かい、Backyard Ultra Last Samurai Standingのコース(1周7km弱を1時間に1周して、最後の1人になるまで行うレース)を11月に出場するチーム仲間と共に、12Lap(50mile)まで行った。華金オールナイトを繁華街で飲み明かすのではなく、わざわざ走って過ごす。

最後は何故かプッシュしてヘロヘロになった。

③ マンモストレイル
最近はもっぱら高尾に行く時は、Mt.TAKAO BASE CAMPを利用している。宿泊、ロッカー、シャワー、ビール、食事もここで過ごすことが多い。そんな高尾ベースが高尾山を最大限楽しめるコースを出しているのがマンモストレイルである。距離は45㎞で累積標高は2400m。なかなか楽しめる。初めて走った時は、のんびりなスタートにしたら、最後の南高尾パートは、ナイトトレイルになった。

やっと南高尾が終わる時

④ 箱根外輪山
有名な箱根ガイリーン。約50km、累積標高3,300m。夏の暑い日に行ったが、死にそうになる。真夏の箱根は要注意だ。気持ち的には、2周目行けるくらいの余裕の持ち方で走ったが、実際に行けたかはわからない。

仲間とワイワイ箱根合宿。前日も飲み過ぎてみんな顔がパンパンだった。

⑤ 長田豪史選手のポールワーク講座
KOUMIはポール使用が許可されているレースである。ポールを使うことで、足への負担を軽減させ、省エネで進むことができる。ノウハウは割愛するが、眼から鱗であったし、ポールが身体の一部になった感覚でだいぶマスターできた。

ポールさばきを褒められて気分が良い時。どこか得意気(笑)

⑥ 経堂はなまる整骨院
僕がこれほどまでにトレーニングをしても怪我なく当日まで迎えられたことは、1~2週間に一度、はなまるで施術してもらっているおかげである。今年ずっと通い続けている、はなまる。毎回苦痛の表情を浮かべ、もがき、呻き声をあげるのだが、翌日にはスッと軽くなる。自分の身体の状態を知るのにどのくらいの痛さかというのがバロメーターになっていた。

ナイスガイたちが多く気持ちの良いスタッフたち。担当の保坂先生

⑦ KOUMI Challenge with ペーサー塙
何と言っても、ペーサー塙くんと10週前からスタートさせたKOUMI Challengeである。塙くんの提供しているパーソナルトレーニングで身体診断、改善メニューを組んでもらい、全6回に渡ってトレーニングをした。毎度毎度失神しそうなくらい追い込んで、汗だくだし、心地良い筋肉痛に襲われた。まさに二人三脚でKOUMIに向けて仕上げていった。

トレーニングの数々と毎回撮ったお尻の決めポーズ(笑)

装備

今回の装備一覧である。

今回のKOUMIに向けて新調したものは、

RUSH UT2
これまで初代UTを愛用していたが、今回UT2を使用した。初代とは荷物へのアクセス構造が大きく異なるが、それよりも背負心地がソフトになり、フィット感が増した印象がある。また、トップに位置するポケットも防水になったことで、ライトや濡らしたくないものを安心して収められた。使用した後便利だと思ったのは、下のショルダーポケットである。上のポケットに500mlソフトフラスクを入れても、大容量な上にコードの開け閉めが簡単である。

テムレス
大会数日前に台風の直撃を受ける予報も出ていたし、終始雨は免れない状況だったので、前日に購入した。足が濡れるのはしょうがないと思ったが、手の濡れ、冷えを防止するだけで体感温度が変わってくるので、細心の防水対策を施した。

ultraspireルーメン600
ナイトトレイルは、明るいだけですべてがポジティブになる。よく見えるから走りやすいだけではなく、視界が良好だと、不安が減る。スポーツにおいて、パフォーマンスはメンタルの影響を大きく受ける。不安が減ると言うことは、精神的な疲労も違ってくる。特に、登りの林道、にゅうからの下りには効果的だと考えた。

行動食

5袋に分けたが、エイドワークではあまり機能しなかった(反省)

基本的にはガチガチに決めるというよりは、食べたい時に食べたいものを選んで食べれるように選択肢を多めに用意している。個人的には、セブンイレブンの「黒糖わらび」が最強である。美味しい、ジェル系ではないので胃袋にも良い、ゼリー状なので食べやすい、安くてハイカロリーと良いことずくめである。

箱ごと見つけて大人買い

KOUMIのしおり

今回のKOUMIへは、チームメンバーと、一緒に練習している仲間でKOUMIチームを結成した。エントリー9人、ペーサー6人、サポート2人の合計17名で臨んだ。またレース当日もチームメンバーが応援にも駆けつけてくれた。完走はできなかったものの、きつい時踏ん張れたのは紛れもなく、仲間のサポートと応援のおかげである。遠足のしおりではないが、大会に関する情報をまとめ、個人の予想タイムやサポートリクエストなどをまとめたしおりを作成した。

しおりの1ページ。共に挑んだ仲間たち。

台風14号の出現

当初の計画では、1周目5時間半、そこから周を重ねるごとに30分ずつ所要時間がかかる計画であった。しかし、KOUMI開催の数日前に台風が発生した。長野には関係ないかと思いきや、あれよあれよと大きく東へカーブしてきた。

どうしてこうなるの、台風ちゃん......

前日受付の金曜の時点では、直撃を覚悟していたので、行動計画も装備も見直した。先ほどの装備一覧で新調したテムレスはまさに、台風対策であった。シューズも代えを用意し、あらゆる装備を×2で用意した。結果、海外旅行と同じサイズのスーツケースがパンパンになるほどであった。

完全に1週間海外旅行サイズ

いざ、小海町へ出発である。


レース本番編

お待たせしましたレース編です!

スタート時の土砂降りが伝わるだろうか

前日受付

KOUMIのしおりにしたがって、車4台にて出発し、談合坂にて合流。揃うとなかなか大所帯である。そして、何故かアベンジャーズのような、ヒーローが集結している感じがあり高揚していた。

順調に現地に着き、無事に受付も済ました。サポートエイドとなる駐車場で、屋根のある位置の目の前に車を停めることができた。これは今思うとファインプレー。朝早く出発した甲斐があった。試走でもお世話になった、ファミリーロッジ宮本屋さんまで会場から1kmちょっとであるが、仲間の1台の車でピストンしてくれて、3台を駐車場に残すことができた。

受付で手にしたゼッケンをペーサー塙くんへ渡し、明日の準備をワクワクしながら進めていた。

ゼッケンを手に気持ちが昂る

18時に大会側から翌日の大会の可否をアナウンスするとあったので、みんなで夕飯を食べながら、今か今かとそわそわしていた。結果、19時ごろ「予定通り開催」と発表があり歓喜した。奇跡的に台風の直撃は免れており、本州を暴風圏にせず、異様な南下をしていた。

結果、台風は南に逸れていった

KOUMIスタート!

お待たせしました(笑)。いよいよ本番である。当日の朝は、しっかり雨が降っていた。スタート時からフル装備である。

緊張していたのか、半目のブサイク(笑)
載っけるか迷ったが、この写真しかないのだ(笑)

雨の中のレース展開

土砂降りの雨の中、レースはスタートした。今思えば、雨のせいか、スタート時間直前に到着したせいか、少し地に足がついてない感じだったかもしれない。とは言え、ずっとここまでイメージしてトレーニングしてきたのだ。頭で考えなくても、身体が勝手に動く。

意識していた点は、以下だ。

・始めからポールを使う
・とにかくエコ(最小エネルギー)で走る
・汗をかかない程度で体温は、上げすぎず、下げすぎず
・温かいものを飲む、食べる
・1、2周目はゼロ周の気持ちで走る
・3周目からがスタートである
・4周目が終わって初めて半分終わったと思ってよし
・つらいのは、多分気のせい

後は自分を信じてやるだけ、今までやれることは全部やってきた。最初のロードは、どんどんどんどん抜かされる(笑)。
「あれ?みんな100mile走るんだよ??36時間とかだよ??まだいっぱいこのロードあるよ??」と思ったが、僕は淡々と抜かされていった。
「大丈夫、自分のペース、自分のペース」と言い聞かせた。林道の入り口に差し掛かる。

「はい、渋滞ですね。でもいいの、まだ最初だから。ポールを使い、淡々と登ろう。うん、やはりみんな速いね(笑)。急いでるねー」とか思いながらペースを守っていくと、林道パートの中盤くらいから抜かされなくなった。やっと落ち着いた展開になってきたなと思ったが、この林道、台風の影響で降り続いた雨によって、ほぼ川となっていた。

スタートから1時間40分ほどで、第一エイドに着いた。エコ運転では良いペース。さて、ロード。ロード区間は走れるところは走っておこうと、緩やかなジョグ。そして稲子湯エイドも通過した。エイドではペットボトル水を用意していただいていたが、スタートから持っていた水がほぼ減ってないので水補給をしなかった。

振り返ると水の補給は、スタート地点に構えるサポートエイド以外だと、3周目の帰りの稲子湯だけであった。トレイルパートは前日からの雨によって泥んこというレベルを大きく超えていた。


トレイルはこのような川の状態であった。深いところは膝下まで潜るところも
秋の紅葉が綺麗なトレイルも

1周目は、6時間11分04秒。

この1周で完走に向けてイメージが明確にできていた。「このペースで1、2、3周を刻めばいける!!その後はペーサーが待っていてくれる、引っ張っていってくれる。1周のダメージがほぼゼロだ」
サポートエイドに戻って来た時も、
「まだ始まってないよー!」なんて言いながら、スーパー元気であった。

塙くんにも「このペースで3周まで刻むから!」と力強く伝えていた。エイドでは、宮本屋さんからのおにぎり2個と和風出汁、白湯などを食し、行動食もいくつか食べた。元気もりもりであった。

1周目終了時、まだ始まってない

意気揚々と2周目に出発。2周目の林道登りでは、僕がトレランを始めて、トレランの魅力も、山の怖さも、マナーとモラルも教えてくれたメンバー(亀井先生)と再会し、一緒に林道をおしゃべりができるペースで登っていった。この頃は選手もばらけており、淡々と進んでは前の選手を捕まえてパスしていくリズムでとても好調であった。

速いメンバー(ナオキ)は4時間半以内で1周を終えていた。ナオキとは、2周目のロードで出会い、引力があるかのようにハグをしてお互い檄を飛ばした(笑)。よくわからないがいつも通り、お互い笑い合ってテンション高かった。
少しニュウの登り下りで数人の渋滞にひっかかり、時間がかかってしまう時があった。この時、降りしきる雨によって、道は田んぼになっていた。斜度があるところでは、上流から冷たい雨水が流れてくる。

ニュウ手前のほぼ河川

2周目の下りのロードでは、先ほどのナオキが3周目の登りとしてまた会えた。「I have No PAIN!!」「Me too!!」というよくわからないテンションのやり取りを大声でして、お互い雄叫びをあげて分かれた(笑)。

2周目は、6時間56分46秒であった。1周目から遅れている感覚は無かったのだが、渋滞などの影響だろうか。この時もまだスタートから雨は降っており、時間は18時は回っていたので、辺りは真っ暗であった。2周目の終わりには、チームメンバーも応援に来てくれていた。前日にグループLINEに送られてきたのだが、参加メンバーには内緒で寄せ書きを描いてくれていた、それも横断幕のような特大サイズを2つ。

みんなからの応援メッセージ

2周目のゴール手前で塙くんと再会。
塙くん「何か食べるー??」
僕「あーー、赤いきつね!!」

元気である(笑)。1周目も同様のエイドワークを行った。バナナやみかんも用意してくれて、口いっぱいにむさぼっていた。塙くんも、3周目スタートしてからの坂道を少し一緒に走ってくれて、塙くん「身体冷やさないように!」僕「うん、次待っててね!!」と拳タッチを交わした。

3週目

作戦は順調である。1、2周目を本気で0周だと思えている状態でまだ、疲労感もない。3周目がスタートの認識であった。「これはこのまま同じペースで3周目も刻もう!そしたら、塙くんがいる!」そう思って、林道、ロードをパスし、ニュウへの登山道の手前に仲間(たっしー)がいた。だが、背中からは疲労感を感じた。
後ろから「ニュウの登り頑張ろ!!」と声をかけた。ここまでは、だいぶ調子が良かった。

だが、ニュウの登りから少し異変が起きる。

さっきまで2周は淡々と登れていたはずのペースで息が上がってくる。でも、悪いペースではなく、登りはどんどん前に追いついてパスしていく。基本トレイルパートは、2周目以降は抜かされていない。2周目の渋滞は嫌だなと思っていたこともあって、少し呼吸が乱れていても、止まることなく、どんどんパスして、林道に出たら、補給して呼吸を整えようくらいに考えていた。

こんな泥沼もあった

振り返ると、ここでの疲労の蓄積が悪かったのだと思う。元々トレイルは走れるので、下りもリズム良く走っていた。しかし、どこかニュウに近づくにつれて、4周目の制限時間が頭をよぎるようになっていた。下りもノンストップで下りたが、焦っていた。

ロードに出た時刻23時40分。この時気がつくと、頭に酸素がいっていないような、ボーっとして、ふらふらする感じになっていた。

「(眠気かな……)」
4周目終了の制限時間は朝の9時(スタートから28時間)である。
あまり回っていなかった頭であるが、4周目のスタートには、7時間半は残しておきたい。つまり、深夜1時半にはスタートしたいということだ。ロード出たところからそれなりプッシュしないとダメだとわかり、ロードを走り出した。

塙くんが待っている。しかし、身体が思うように動かない。視界が悪くなり、ふらふらする。「走り出せば、目が覚めるだろう?カフェイン系の物を入れたら?音楽を聴こうか?」
思いつく限りのことをしたが一向に改善しない。ポールによりかかり、目をつぶった時もあった。ふらふらになりながらとうとう路肩に座った。

「イヤ、ダメだ!!」と思い、3秒で立つ。ロードの谷側でふらふらしては危ないから山側に寄ろう。そんなことを考えながら、歩くしかできなかった。ふと見上げた空は三日月がくっきり出ており、星も眩しいくらい綺麗だった。うる覚えだが目に焼きついている。

その時には、タイムを縮めるためのプッシュどころではなくなっていた。何度も時間を気にして、間に合わなくなる、焦りや、不安な心と闘いながら、でも、みんながいる。戻らなきゃとくらいつく。

そんな意識朦朧としていると急に、別の仲間(テツ)が「そめやん!!」と、チームキャプテンのHDKさんが4周目に入り、ペーサーのテツとジョインしてロードを登っていた。

僕「あーあー」と、
何の返事かわからないが、とにかく声を発した。すると、ヘッドライトで眩しい光の中からテツの握り拳が差し出された。僕も手を伸ばし、拳タッチをして別れた。ほんの一瞬の出来事であったが、2人の顔が目に焼き付いた。3人で一緒に試走にきた仲間である。

その瞬間、自分の不甲斐なさ、情けなさで、悔しくて悔しくて、ロードを歩きながら顔をくしゃくしゃにして泣いた。声を出して泣いた。その時、心の中に響いた言葉が「走れ!」である。

「悔しがる力が残っているなら、最後まで走れ!弱気になるな!3周の終わりでぶっ倒れても良いから、1分1秒でも4周目に時間を残せ!」
「塙くんが待っていてくれている。4周目のスタートを完走の希望が見えないような時間で塙くんとスタートするわけにはいかない。あとのことはその時に考えろ。今は、一刻も早く戻れ」

そこからどのように走り出したかは覚えていない。気がつくと、エイドをパスして下りの林道に入った。やるしかない。下りを猛スピードで走り、自分の激しい呼吸音しか聞こえない。「とにかく走れ」ずっと、それしか頭になかった。街が見えた。あと3kmのロード。スピードを緩めなかった。スケートセンター手前の坂まで来た。

視界の先に、一人だけ立っているのが見えた。
塙くんだ。僕「ごめん、時間。ごめん!」
塙くん「大丈夫、大丈夫!!ナイス!!」と声をかけてくれた。

チェックポイントのループを走って通過し、サポートの元へ戻った。何か食べたのだろうか? 水は入れたのだろうか? 確かお湯を入れてもらった気がする。暖かいスープを飲んだ気がする。みんな心配そうに僕を見ていた気がする。取り乱していたと思う。半ベソかきながら「時間、時間……」と言っていた気がする。

時間が気がかりですぐに出発しなければと思っていた。これまでのどのエイド時間よりもだいぶ短く出発した。その時には、少し気力が戻っており、「絶対に帰ってくる!!」とみんなに伝えて、拳タッチを交わした。制限時間まで7時間は切っていた。「6時間半で戻ってくれば大丈夫!無理ではない。塙くんがいる。背中だけ追いかけよう」。4周目スタートのチェックゲートに行く際に、グローブを忘れていたことに気づく、こんなミスはしないのに焦っていた証拠だ。

3周目は、7時間49分47秒もかかっていた。

取り乱している3周目終わり。前髪を見たら分かるだろう(笑)

4週目

4周目をスタートした。

林道までのロードは、ジョグができた。
「(うん、まだいける)」
塙くん「足動いているよ!大丈夫!」と声をかけてくれる。

「(林道までは走ろう。林道はパワーウォークで登ろう。林道は大丈夫)」と思っていた。ほとんど話すことができていない状態であった。林道に差し掛かり、ここから歩く。塙くんが前にいて、その背中を必死に追いかける。
「制限時間に間に合うペースを刻んでくれる。俺は背中だけ見て、ついて行こう、補給のタイミングも指示してくれる。いける、いける)」
そう自分に言い聞かせて、必死で食らいつく。どのくらい時間が経っただろうか?これまでとは全く違って歩きのペースが上がらない。途中何度も嘔吐しそうになる。行動食を差し出されるが、ほとんど食べられない。

「(これだけ仲間がいて、サポートがいてくれて、応援してくれて、ペーサーもいて、こんな良い条件のKOUMIは二度とない。この状態で完走しなくて、いつ完走するんだ!)」
何度も何度も言い聞かせた。それしか考えられなかった。

しかし、コンディションは良くならず、塙くんの背中以外の視界がぼやけてくる。倒れそうだ。フラフラ歩くと余計足を取られる林道はどんどんペースが出なくなる。途中で少し休憩を申し出て、一度林道の脇に倒れた。

塙くん「少し目をつぶろうか。寒さは大丈夫?」
僕「うん、寒くはない。」

という会話をした途端である。
急に身体がガタガタと震え出した。

すぐさま条件反射的に動かなければ危険ということが頭をよぎり、立ち上がる。身体は大きく震え、渡されたポールが持てなくなる。すぐさまエマージェンシーシートを出してくれて、被せてくれた。シートを被りながら一歩づつ動き出した。「(寒い、寒い。)」あの1分にも満たない、立ち止まった瞬間身体が何かを自覚したのか、急に崩れた。

エイドまで、あと2kmほど、さらにペースが遅くなり、歩いた。とにかくまずはエイドまで、そんな思いで歩いた。衰弱し切った状態であったが、この時には、完走することが考えられなくなっていた。DNF(リタイヤ)だ。

ほぼ止まっている思考回路で、完走できないという事だけはわかった。あと1時間もすれば陽が登るが、そこまで耐えれる状態ではなかった。エイドの焚き火のそばに座らしてもらい、シートをくるまったまま座った。座るだけでも体力が奪われるような感覚で、とにかく倒れたかった。そして、火のそばで倒れ込んだ。

完全に動けなくなった4周目の第1エイド

どのくらい時が経っただろうか。寝てないが思考が止まった状態であった。とにかく寒くなっていた、食べ物も喉を通らない。レース完走には手遅れの状態になってしまっていた。この時、同じエイドで残念ながら、他の仲間2名(たっしーと和樹)もリタイヤとなった。

今回の大会のコロナ対策のレギュレーションでは、途中リタイヤの車での搬送はない。自力で山を降りなければならない。みんなで林道下ろう。どういう順番で会ったかは覚えてないが、自分のリタイヤが決まった後に、4周目を下ってきたHDKさん&テツ、5周目に登るナオキ&ゆーたと会った。会うたびに仲間の顔を見れないくらい涙が溢れてきた。

自分の不甲斐なさで、一緒に完走できなくて「ごめん」それしか言っていなかったと思う。そして、まだレースが続いているので「頑張って」この二言しか言えなかった。「(一緒にあれだけ練習したのに、ごめん。チームとしてこんなに手厚いサポートと応援をもらているのに、ごめん。)」

ナオキ&ゆーたとは、僕が謝りながらハグをし、HDKさん&テツとは、暗闇で交わした拳を再び交わした。林道を下る。3周目であんなに飛ばした林道なのに、いつまで経っても街に出ない。毎回歩いているだけなのに、取り残されて、途中で待ってもらって追いつく。

林道を抜けるだけで物凄い時間がかかった。やっとロードである。が、ロードも3km。今の歩くペースだと。45分くらいかかっただろう。その頃には、空も明るくなっていた。最後、塙くんと歩きながら松原湖スケートセンターを目指して歩いた。

このロードが異様に長かった

ゲート手前の最後の坂道、僕の姿が見えると「染谷さーん!!」と呼んでくれた。僕は、悔しさを隠すためにお辞儀をしたが、その後は、涙で仲間の顔を直視することができなかった。少し落ち着いてた気持ちがまた溢れ出した。りょうへい君(たっしーのペーサー)も近くまで寄ってきてくれて労ってくれた。とにかく「ごめん」としか言えなかった。

最後、塙くんと写真を撮り、サポートベースに戻った。ほぼ不眠不休でみんなのことをサポートしてくれたメンバーが、笑顔で迎えてくれた。ふと目線をずらすと、その先に、チームメンバーからの寄せ書き横断幕が綺麗に飾られていた。3周目の時にすでにあったらしいのだが、僕は全く気づかなかった。

それを見た途端、張り詰めていたものがプツンと切れたように、号泣してしまった。1周目から泥だらけであったシューズとパンツ。何度足が痛くなろうとも、「気のせいだ、気のせいだ」と言い聞かせた足。水溜りに入るとアイシングのように気持ち良く、途中からわざと入る時もあったのだが、それは麻痺させていただけだった。

24時間以上ずぶ濡れで過ごした脚

何度も痛いと思った場所は、摩擦で擦れ、皮膚が剥がれて、真皮まで達していた。全然気のせいではなかった(笑)。スタートからずっと濡れっぱなしであったシューズ、ソックス、テーピング、それら全てがお互いに干渉して強い摩擦を生んでいた。

その後、仲間のゴールシーンを何度も見た。カッコ良かった。心から祝福しているが、何度見ても、ここに自分が立っていたかった、ゴールして喜びを分かち合いたかったと強く思った。

大会の雰囲気も最高で気持ち良かった

仲間が救護に行くと言っていたので、付き添いでついて行ったが、僕の足もどんどん腫れていくので診てもらった。すると「捻挫していないで、この腫れ方だとすると、細菌が入っていますね。すぐに医者に診てもらって、抗生物質を打ってもらった方が良いですね。じゃないと高熱が出る可能性がありますね」と神妙な面持ちで告げられた。

外傷がある部分が常に泥水につかることで細菌が入ったようであった。その後応急処置として、全ての傷の消毒と処置をしていただいた。この処置と忠告がなければ危険だった。腫れはひどくなる一方で、冗談抜きに象のような足になったが、翌朝、東京で整形外科で診てもらい、抗生物質の飲み薬を処方してもらうことができた。それから腫れが引き、傷が治り、痛めた腱の炎症もだんだんと良くなってきたが、それまでに約3週間かかった。

翌日病院での処置後

激闘の翌日

2020 KOUMI Challengeは終わった。結果は完走できなかったが、かけがえのない仲間とのこのチャレンジは僕の一生の財産だ。正直、一人になれば、KOUMIのことは考えては、自己嫌悪にもなったし、ああすれば良かったのだろうか?というタラレバも考えたりもした。しかし、ナオキのペーサーをしたゆーたから僕のSNSを見てメッセージがきた。また塙くんのストーリーも心に刺さった。

カフェにいたのだが、隠せないくらい大粒の涙が流れた。この言葉をもらうまで、KOUMIへのこの一連の活動を、自分で自分のことを労ってあげることすらしていなかった。「一生懸命やった結果は、これがベストだ。これ以下でもこれ以上でもない。限界まで挑戦できて、また一つ強くなれた。これで終わりではない。また次がある。一緒にまた頑張ろう」と、自分に対して伝えてあげた。

数えきれない有難う

何と言ってもこのような世の中の状況で何度も協議してくれて、行政や地域の協力を得てKOUMI2020を開催してくれた大会主催者には、大変感謝しています。改めてありがとうございます。
そして、一緒に挑戦した仲間、ペーサー、寒い中不眠不休のサポート、わざわざ応援まできてくれた仲間、そしてたくさんのメッセージをくれたみんな。本当に本当にありがとう。これからも引き続き、よろしくお願いします!!

追伸:僕のKOUMI Challengeはまだまだ続く
実はすでに2021のメンバーリストを作成しております(笑)

少しでも出たい発言をした人をリスト化している(笑)

最後までレポートを読んでいただいて有難うございます!大変嬉しいです!今回のようなトレランのことや、仕事のことなどをnoteに書いてますので是非、ご興味を持っていただいたらのぞいてみてください。

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